第21話「はじまりの記録と、新たな火種」
ギルド設立の許可が正式に下りた翌朝、工房は静かな熱を帯びていた。
炉にくべた霊炭の赤が、いつもより穏やかにゆれている。
だが、その裏で静かに、物語の新章が始まろうとしていた。
「……これが、ギルド登録証?」
フェンが、神妙な面持ちで手のひらサイズの金属板を見つめている。
中央には《鍛冶工房ギルド・ハルド》の刻印。俺が設立申請時に記した工房の名だ。
「かっけぇな……! 俺たち、正式にギルドなんだな」
フェンの言葉に、ライラがうなずいた。
「これって……国にも記録されるんだよね?」
「ああ。王都のギルド記録庫にも、今日付で残るはずだ」
そう言いながら、俺は工房の帳簿を開いた。
「だからこそ、これからは全部記録に残す。弟子たちの製作、仕事、実績――全部な」
「うへぇ……字ぃ、苦手なんだけど」グリトが工具箱から顔をのぞかせる。
「読むだけなら、俺がやるよ」フェンが即答した。
「書くのは私が……練習しておく」ライラは真剣な目で言った。
お前ら、頼もしくなったな。
そこへ、サーシャが入ってくる。研磨したての槍頭を手に、気だるそうに歩きながら。
「お祝いに、何か美味しいものでも焼いたら? 昨日の獣肉、まだ残ってるわよ」
「そ、それなら任せて!」グリトが勢いよく飛び跳ねた。「俺、料理も好きなんだ!」
「道具と味覚は近いのか……?」俺は小さく笑う。
「ふふ、それならこの盾も磨いてからにしようっと」ライラが作業台へ戻る。
フェンは槍の柄を手に取り、動作確認を始めている。
それぞれが、自分の得意を自然にこなしていく。俺の言葉がなくとも。
――これが、ギルドというやつか。
だが、その昼下がり。
久々に訪ねてきた知人の鍛冶師、ビョルンが言った。
「聞いたぜ、設立おめでとう。……だが、気を付けろよ」
「何をだ?」
「灰狐の連中、まだ諦めてないみたいだ。最近、他の新人ギルドに“調査”と称して因縁つけてるって話だ」
俺は眉をひそめた。
「つまり……ギルドの“始末”を、公的にやろうってことか」
「ま、そういうこった。連中、今度は“公認ギルドを潰した”っていう既成事実で、王都からお咎め無しの形にしたいんだろうな」
ふざけた真似を……。
だが、それも想定の範囲内だ。
「で、そいつらが次に何を狙ってくると思う?」
俺の問いに、ビョルンは肩をすくめた。
「記録。もしくは、初任務の失敗。そこを突いて“評価改ざん”するつもりかもな」
ギルドとしての信用。それを潰せば、何もかもが水の泡だ。
夜。
俺は一人、工房の帳簿に向かっていた。
だが――
「……何か、書きにくそう?」
声がして、サーシャが隣に椅子を引いた。
「前より字が丸くなったわね」
「鍛冶師は、記録に弱い。……だが、今はそうも言っていられない」
「うん。子どもたちも見てるしね」
サーシャが言ったそのとき。
「オリン!」フェンが駆け込んできた。
「門のとこ、誰か来てる。黒外套の……多分、あいつらの仲間だ」
「タイミングがいいな……」俺は立ち上がる。
外へ出ると、黒外套の若い男が一人。
「失礼。ギルド・ハルドのオリン・ハルド氏ですか?」
「そうだ」
「ギルド監査室の者です。定期監査に参りました」
このタイミングで“定期”だと?
フェンが背後で警戒を強めているのが分かる。
「……構わん。帳簿も記録も、昨日分まで整理してある」
「お、それは素晴らしい。では、失礼ながら確認を――」
男の目が、フェン、ライラ、グリトを一瞬見やる。
「……お子さんたちもお手伝いを?」
「ああ。俺の弟子だ」
「未成年労働に該当しないよう、十分な休息と食事の確認も致しますので」
「好きにしろ」
そのやり取りを、子どもたちはじっと見ていた。
数時間後。
男は帳簿と記録をチェックし終えた。
「記録は丁寧で正確ですね。特に……この子どもたちの製作内容まで細かく記されている。素晴らしい教育体制です」
少し皮肉めいた言い方だったが、俺は構わず言う。
「火の前で嘘はつかない。それが俺の教えだ」
「なるほど……では、最後に一点」
男は小さな封筒を差し出した。
「王都より“公認ギルド認定証”の写しです。正式に、工房ハルドは認められました」
フェンたちが目を見開いた。
ライラが声をもらす。
「……本当に、ギルドになれたんだね」
「ああ」俺はうなずく。「ようやく、始まっただけだ」
だが、その夜。
工房の裏に置いていた“注文帳”が盗まれていることに気付いた。
「……灰狐の仕業か?」
サーシャが低くつぶやく。
俺は焚き口に霊炭をくべた。
赤い火が、また静かに立ち上がる。
――いいだろう。次は、“初任務”で叩き返すだけだ。
「火は嘘をつかない。俺たちも、そうだ」




