第11話「鍛冶品評会、火の幕開け」
「王都に行くのか、本当に?」
フェンの問いに、俺はただ頷いた。工房の焚口に薪をくべながら、火の動きに目を凝らす。熱は一定。霊炭の品質も上々だ。
「ギルドとして工房を構えるには、公的な信用が要る。王都大会はその足がかりになる」
「けど、遠いし、王都って……怖くねえ?」
フェンの声には、かすかに怯えが混じっていた。無理もない。彼らのような孤児が、権威と利権の塊である王都に行くのは、想像もつかない冒険だ。
「怖ければ、それでいい。火だって、扱い方を間違えれば命を奪う。でも俺たちは、その火を見て、炉を守ってきた。違うか?」
フェンはしばらく黙っていたが、やがて頷いた。「……違わねえ。火は、俺たちの友達だ」
「じゃあ、大丈夫だ」
ライラが防具の補修を止めて、少し口を尖らせる。「大会って、どんな人たちが来るの? ……すごい工房とか?」
「宮廷工房の御曹司や、名家の弟子も来ると聞く。展示だけでなく、即興製作もあるだろう。見せ物だ。腕だけじゃなく、魅せ方も問われる」
「そういうの、苦手だな……」ライラは防具のバックルをぎゅっと締めた。
グリトがぴょこっと顔を出す。「俺たちの道具も出せる? 試してもらえる?」
「出す。今回の品評会の目玉は“工房と弟子の連携力”だ。各工房、弟子の製作物も含めて評価されるらしい」
「よっしゃ!」グリトはスパナを振って喜んだ。
「ただし、条件がある」
三人は顔を引き締める。俺はゆっくりと炉から目を離した。
「火の前では、嘘をつかない。大会でも、それは同じだ。自分を大きく見せるな。実力は誤魔化せない」
フェンが真っ直ぐに頷き、ライラが盾を抱きしめるようにして笑った。グリトは工具箱を閉め、背筋を伸ばした。
王都に向かう馬車の手配は、すでに済ませてある。荷台には道具と材料、弟子たちの製作品、予備の炉材まで積み込んだ。
出発の朝。工房の前に立つと、空は澄み渡っていた。炉の火を見送るように、赤がまだ空に残っている。
「忘れ物はないな」
「ねえよ!」フェンが自信満々に槍の頭を叩く。
「緊張してきた……」ライラは胸元の留め具をいじる。
「おれ、工具磨いてたら徹夜しちゃった……」グリトがあくびをした。
「それは忘れ物と同義だ。会場に着いたら寝るなよ」
俺は軽口を叩きながら、工房の扉に錠をかけた。帰ってくる場所を守る。それも俺の仕事だ。
王都は、やはり巨大だった。高く積まれた石の城壁、衛兵の目線、整えられた通り、そして何より――視線。
「……見られてる」ライラが小声でつぶやく。
「気にするな。工房が珍しいだけだ」
実際、鍛冶師を名乗って三人の孤児とともに王都に現れるのは珍しい。しかもこの装備だ。灰狐商会あたりが妙な噂を流している可能性もある。
品評会の会場は、王立工業院の中庭。そこに各地から工房とギルドが集まっていた。整ったブース、豪奢な布地、飾られた見本品――どれも金と手間がかかっている。
俺たちは、端の目立たない位置に割り当てられた。灰狐の差し金かもしれないが、悪くない。注目は、実力で引き寄せればいい。
設営を済ませると、審査員たちがゆっくりと会場を回り始めた。
「展示はグリトの補助器具からだ。見せ方は任せる。機能が伝わればそれでいい」
「任された!」グリトは工具を持って、実演用の台へ走った。
次にライラの盾。これは反射角と重心バランスの工夫がウリだ。装飾は控えめだが、合理的な構造が評価されるはず。
最後にフェンの刃。今回は牙猪の牙をベースにした実戦仕様。刻印は〈連撃補助〉。初手で刃の軽さ、二撃目で反動を打ち消す効果が出るよう調整してある。
審査員が近づいてくる。王都工業院の長老格と、宮廷工房の責任者もいる。視線が鋭い。
「この補助器……どうやって固定を?」
「こことここでダブルロックです。装備者が倒れても外れません!」グリトが胸を張る。
「この盾は……反射角をずらしてある?」
「はい、斜めの打撃は受け流せるように。表面には微細な刻印も」ライラが真剣に説明する。
「この刃は牙猪か。刻印の使い方が珍しいな」フェンの剣を手に取った審査員が、目を細める。
「刻印は俺がつけた。だが、素材選びと整形は、弟子だ」
俺は静かに言うと、フェンが少し驚いた顔をした。だがすぐに、歯を見せて笑った。
「一撃目で切り込み、二撃目で貫く。それが、俺のやり方です」
審査員の表情に、かすかに驚きが走る。彼らは“完成度”だけでなく、“意志”を見る。ものづくりの“芯”を。
やがて、審査員たちは次のブースへ去っていった。
夕刻、会場にはざわつきが戻る。各工房が結果を待ち、緊張が張り詰める。
「――今年の奨励工房に、辺境ギルド“ハルド工房”を選出する」
その声に、三人が同時に息をのんだ。
「嘘……だろ……?」
「う、うそじゃない……名前、呼ばれたよ……」
「やったぁぁあ!!」
グリトが飛び上がり、フェンが笑い、ライラが目を潤ませていた。俺は黙って、炉のようにその光景を焼きつけていた。
“奨励”は、まだ栄冠ではない。だが、新興の工房にとっては最高の評価だ。王都の認可を得て、注文も倍以上に増えるだろう。
だが、それは同時に――敵も増えるということだ。
俺は、会場の隅に立つ男と目が合った。黒外套。灰狐の密偵。やはりここにもいたか。
視線をそらさず、俺はつぶやいた。
「火を見ろ。――ここからが、始まりだ」