黒い噂が絶えない神父とポンコツ聖女
曰く、その神父は人を攫い殺して生贄として神様に献上している。
曰く、信仰心などなく献金によって私腹を肥やすために神父になった。
曰く、邪神信仰を広めるために神父の振りをして子供たちに洗脳教育を施して邪神の信徒にしようとしている、などなど。
これらは全てとある国の端の端、小さな村にある教会の神父にまつわる噂話である。
そんな噂話が村中で広まっているせいか小さな村の小さな教会には連日閑古鳥が鳴いている。
何故名前もないような小さな村にポツンと教会だけがあるのかというと、何代か前の村長がさすがにこの村には何も無さすぎるということでなけなしの金を払い教会を建てたらしい。
建設されたばかりの頃は物珍しさからかそれなりに人が集まってきたようだが、それも直ぐに落ち着いて全く人が来なくなったようだ。
たまにおじいさんやおばあさんが祈りに来る程度。それも今の曰く付きの神父になってからはパッタリと誰も来なくなってしまった。
そんな「建てた意味あるのか?」と言われているような教会の扉の前に一人の少女が立っていた。
(…すごく帰りたい!)
今しがた少量の荷物を手に持ち目尻に涙を浮かべている少女はミリーナ・アルムという少女だった。
彼女は聖女と言われている存在で、パーシバル帝国の首都、アズナンにある聖女育成学校という場所で二年間勉強して今日からこの教会に勤め事となった新人聖女である。
聖女と言ってもそんなに希少な存在では無い。治癒魔法の素質があれば誰でもなれてしまう存在なのである。
その治癒魔法の素質がある人がなかなか居ないんじゃないの?と思われるかもしれないが余程魔法の才能が無い人でなければ擦り傷を治す程度の治癒魔法は誰でも使えるのである。
言ってしまえば聖女という存在は案外簡単になれてしまう。といっても学校はしっかり卒業しなければならない。それには聖書の内容を覚えていたり、聖女としての振る舞いなど様々な要素がある。
そしてその学校を晴れて卒業してこの小さな村の教会に今日やってきたのがミリーナと言うわけだ。
そんなミリーナが何故泣きながら帰りたいと思っているのか。それは学校にいた時から聞いていたある教会の話が原因である。
その教会に配属されたら終わる。
一体どう言ったことが起きてそんな噂話が流れているのかは全くもって不明だが、そういう噂話があるということはミリーナも知っていた。
そこに配属される子は可哀想だな…なんて考えていたミリーナだがまさか自分が配属されるなんて思ってもみなかった。
学校の同級生からは
「あの子、あそこだって」
「え?ほんとに?」
「可哀想に…」
「神父様がやばいんでしょ?」
「乱暴されるって…」
「え?私は24時間休みが無いって聞いたよ?」
「私は食べられるって聞いた」
配属先は自分で選ぶのではなく成績などを加味した上で教師陣が選ぶというシステムになっていた。
ミリーナは頭を抱えた。まずい。これは非常にまずい。そう思ったミリーナは何とかして配属先を変更して貰えないだろうかと教師に直談判したのだが
「え?配属先の変更?無理無理。あなたの成績でギリギリ行ける所がそこだから」
というなんとも残酷な答えが帰ってきたのである。まぁ勉強しなかったミリーナが悪いのだが、どうしてもミリーナはその決定に理不尽さを覚えてしまった。
そしてどう頑張っても覆ることの無い決定に絶望した。
だがミリーナは楽観的だった。
(…まぁ何とかなりますよね。きっとなんてことない普通の神父様がいるに決まってます!)
そう思い今日の日がやってきた。村に着いたミリーナは辺り一帯を見渡してみた。特に何かがある訳では無いが空気が美味しくゆっくりと出来そうな空間が広がっている悪くない場所のように思えた。
(やっぱり噂は噂でなんてことないみたいですね)
そんな安堵を覚えながら近くに居た畑作業をしているおじさんに話しかけてみる。
「こんにちは」
ミリーナがそう声をかけるとおじさんは作業を中断してミリーナの方を振り返った。
「ん?嬢ちゃん見ない顔だな。どうしたんだ?道にでも迷ったか?」
おじさんは気の良さそうな人で気さくにミリーナに話しかけてくれる。
「いえ、実は今日からこの村の教会に配属されることになった聖女のミリーナ・アルムと申します」
学校で習った所作に気をつけながらミリーナは自己紹介をした。するとニコニコしていたおじさんの顔が徐々に曇るのがミリーナには分かった。
「あぁ…あの教会に…ね」
(え?え?なになになに?なんでそんな顔してるんですか?)
「え、えぇ…何か問題でも?」
「いや…まぁ、気をつけてな」
「…ありがとうございます」(何を気をつけるんですか?!)
一度振り払った不安が再び頭に過ぎるのを感じながらミリーナは他の人にも声をかけてみることにした。
「こんにちは」
次にミリーナが声をかけたのは若い女性だった。若いと言ってもミリーナよりは年上だ。
「あら?村では見ない顔ね。どこから来たの?」
ミリーナはその問いかけに答える。
「アズナンからこの村の教会に務めるために来ました。聖女のミリーナ・アルムと申します」
こちらの女性も先程までは人の良さそうな笑顔を浮かべていたが協会という単語を聞いた瞬間、笑顔が消えた。
「あぁ…教会に…」
ミリーナはその後に続く言葉を聞き逃さなかった。
「可哀想に」
(…私、もうすぐで死んじゃうかもしれません)
もう既に泣き出したい衝動に駆られるがなんとか顔には出さず笑顔のまま女性の前から退散する。
その後何人かに同じように話しかけてみたが決まって教会の話になるとみんなミリーナに哀れみの目線だったり同情の目線を向けてくる。
(もっと…もっとちゃんと勉強しておくべきでした…)
ミリーナは今更どうにもならなと分かりながらもそう考えずには居られなかった。
そうしている間にも徐々に教会は近づいてきた。その間後ろ髪を引かれるような思いだった。
そして今教会の扉の前に立ったミリーナは声を大にして叫びたかった。
(帰らせてください!)
と。
そして何分の時が過ぎただろうか。こうしていても仕方がないと自分を奮い立たせてミリーナは教会の扉を力強く開いた。
教会の前中央には帝国が信仰を定めている神様、イズミルの石像と教典を置くための台座がある。台座の前には列を生している長めの椅子が設置されていた。
教会全体は簡素な作りとなっていて基本は木造建築である。
「こ、こんにちはー」
力強く開いた扉とは裏腹にその声はなんとも情けないか細い声だった。
だがいくら待っても教会内からはなんの声も帰ってこない。
不思議に思ったミリーナが教会の中を一通り見渡してみても中には誰も居なかった。
「おかしいですね…神父様が居るはずなんですけど…」
緊張しながら扉を開けたミリーナはどこか拍子抜けしたような感覚になった。
ミリーナは神父を探すことにした。
教会の中に入りを隅から隅まで歩いて探してみたがどうやら教会内には居ないようだ。
ならば外にいるのだろうか?そう思ったミリーナは再び教会の外に出て教会の周りを一周してみることにした。
教会は長方形型の建物になっていて入口がある辺が短くなっている。
ミリーナはその入口の反対側の辺へ歩いていく。
「わぁ…」
そこには見事な畑があった。ミリーナには畑の知識が全く無かったためどう言った作物が育てられているのかは全く分からなかったがみずみずしい野菜たちを見るとこの野菜たちが大切に育てられているということが分かる。
そんな野菜畑の中にひとつの影が見えた。
(あの人が神父様でしょうか?)
そう思ったミリーナは声をかけてみることにした。
「あ、あのぉ…」
そして声を掛けて初めて気づいた。その人影が何かを貪っていることに。
ミリーナの声の反応した人影がはゆっくりとミリーナの方へ振り返る。
ゆっくり、ゆっくり振り向いたその人影の全貌が見えてくる。
光を一切反射しない真っ黒な髪、極めて目つきの悪い目、眉間に寄ったシワ、そして口元にべっとりと付着した赤い液体。
それを見た瞬間学校での噂を思い出した。
「食べられる」
目の前の光景はまさにそんな噂通りの光景…いや、それ以上に残忍で恐ろしい場面を目の当たりにしてしまったミリーナは見開いていた目を白目にしてぶくぶくと泡を吹きながら後ろに倒れてしまった。
それはかりにも聖女と呼ばれているような少女とは思えないような表情だった。
それを見た神父、アルカイド・パイルは手に持って食べていたトマトを放り出してしまうほど慌てふためきながらミリーナに駆け寄ってきた。
「…ん」
次にミリーナが目を覚ましたのは教会内の長椅子の上だった。ミリーナの目には教会の天井が広がっていた。
「目が覚めましたか?」
低くて身体に響く声がミリーナの耳を震わせた。それと同時にアルカイドがミリーナの顔を覗き込んだ。
「 ───ッッ!」
ミリーナが叫びそうになる口を必死で抑える。
(に、逃げないと殺されるかもしれません!)
「だ、大丈夫ですか?!気分が優れないようでしたら無理に起き上がらなくても良いのですよ?」
アルカイドはあたふたと落ち着きなく手をさ迷わせている。
(あ、あれ?)
アルカイドの口から出た予想外に自分を心配する言葉によってミリーナは幾分か正気を取り戻した。
「だ、大丈夫です。いきなり気を失ってしまい申し訳ありませんでした」
アルカイドは再びミリーナの顔を見て本当に大丈夫だと言うことを確認すると安堵したように息を吐いた。
「良かったです。急に倒れてしまわれましたから…最近は暑いですから体調にはお気をつけください」
(この人…顔が怖すぎるだけでとても優しい人です…)
まだそれほどアルカイドと話した訳では無いがこの人物は自分が想像したよりも心の優しい人だとミリーナは思った。
そして外見と噂だけで相手を怖い人物だと思い込んでしまった自分を恥ずかしく思った。仮にも聖女と呼ばれる自分が人を見かけで判断するなど愚かだとしか言いようがなかった。
そんなことを考えているとアルカイドがミリーナに向かって自己紹介をしだした。
「自己紹介がまだでしたね。私はこの教会で神父をしているアルカイド・パイルです」
(やはりこの方が神父様なのですね…)
ミリーナもアルカイドに対して自己紹介をする。
「私は今日からこの教会に配属されることになった聖女のミリーナ・アルムです」
「あなたがミリーナさんなのですね。学校の方からお話はお伺いしております。今日からよろしくお願いします」
(この方が学校の教師たちから目をつけられていた問題児のミリーナさんですか…何やら何をやらせてもダメで学校を卒業できるかも危うかったとか…大丈夫でしょうか…)
「はい。精一杯頑張らせて頂きます」
(優しい方…ですよね?私を油断させてから食べたりとかそういう事じゃないですよね?)
アルカイドはミリーナのその言葉を聞いて自分に出来る精一杯の笑みを浮かべた。
「ひぃ!」
ミリーナはそのアルカイドの笑顔と言うには歪すぎる恐ろしい顔をみて小さく悲鳴を上げてしまった。
こうして黒い噂が絶えない神父と卒業ギリギリのポンコツ聖女との生活が始まった。
好評なら連載版を投稿したいと思います。