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《裏》

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 わたくしの旦那さま。

 あなたはもうお忘れでしょう。

 かつて、弱っているわたくしをたすけてくださったこと。

 家族を持たないわたくしに、安らげる場所を与えてくださったこと。

 

 バケモノだったわたくしに、《愛》を教えてくださったこと――……



 その神さまにるいが出会ったのは、残虐非道の限りを尽くしていた千年前のことである。

 累は最強の吸血種の鬼として生まれた。

 生まれながらにそうであったので、愛など知らない。

 ゆえに人間をいくら殺したとて、胸は痛まなかった。

 そうして欲望のままに屍の山をいくつも築いていくうちに《累鬼》の悪名は知れ渡り――人間のなかでも力ある術師の罠にはまり、囚われた。あの頃の累は自分は最強だと過信してから、案外簡単に隙をつかれて捕まってしまったのだ。

 囚われた累は八つ裂きにされ、決して復活しないようにとそれぞれの身体の部位を杭で打ち付け、野ざらしにされた。それでもすぐに消滅しなかったのは、累が力のある鬼であったからだろう。

 とはいえ、二十年、五十年と経てば、累であっても飢え、弱っていく。

 自分をこんな目に遭わせた人間どもを呪い、この世を恨み、憎悪にまみれて息絶えようとしていた、まさにそのとき。


「おや、鬼の子どもがかわいそうに」


 彼が、現れたのだ。

 うつくしく豊かな銀髪を持つ龍神である。

 彼は身体がばらばらになっていた累の首のまえにかがむと、呪詛を吐く累の頭をやさしく撫でた。清らかな水のにおいがする手のひらである。彼は、累を捕らえていた八本の杭を抜くと、消滅しかけていた累に自分の鱗のひとつを与えてくれた。

 銀の鱗が累の額に吸い込まれるや、ばらばらだった身体ももとに戻る。ふしぎと、飢えも人間たちへの呪いや憎悪も、累のなかから洗い流されたように消え去っていた。

 鱗のおかげだろうか。それとも、彼のおかげだろうか。

 どちらでもよい。呪いや憎悪がなくなった胸にはべつの感情があふれていた。


「龍神さま、すきです! つがいになってくださいませ!!」

「はいはい。いつかね」


 累をたすけて去るはずだった神さまを追いかけ、累は求愛した。

 だけど、神さまはまるで相手にしてくれない。

 こんなにも累の胸は彼への気持ちでいっぱいなのに。


「どうかわたくしをおそばにおいて? わたくしの愛で溺れて?」

「溺れません」

「龍神さまのためなら、郷ひとつ滅ぼしてもかまいません!」

「わたしと一緒に来るなら、ひとまずひとを害するのはやめようか」

「わかりました、害しません! 今後やつらにぶたれても、切られても、わたくし、ひとのことだけは害しません!」

「極端な子だなあ……」


 心やさしい龍神は、行く先々で傷ついたひとの子やあやかしを見つけては、自分の鱗をあげてたすけてしまう。そうして多くの鱗を失くした龍神は力を弱めて零落し、ひとの身体に転生を繰り返す蛇神へと転じてしまった。

 彼はもはや人間の人生ぶんの時間と記憶しか持たない。

 出会っても、瞬く間に別れてしまうと累は知っている。なにせ、累は悠久の時を渡る吸血鬼であるので。

 だから、いつも別れるたび、もう彼には会わない、すきにもならない、と思う。

 三百年前も、百五十年前も、――今も。

 そう思うのに、出会うとまたすきになり、牙を突き立て、愛を乞う。


「すきです! つがいになってくださいませ!!」


 どうか、どうか、その短い時間をわたくしにくださいませと。

 いつかあなたに出会えなくなったわたくしが、飢えて消滅してしまうまで。


 ――これはそんな肉食系贄嫁と、やさしい神様の終わらない愛の物語。

 

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