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恋のライバル登場

 宮廷は馬上槍試合ばじょうやりじあいの準備で大忙しだった。馬に乗って甲冑かっちゅうを着込んだ騎士たちが槍で突っつき合う試合である。この荒っぽいスポーツに、男性陣はもちろん、お上品な奥様方も夢中になっていた。


 エドワードも出場するらしい。ソフィア王妃の手配で、私の席は上座の近く、かなり見晴らしのよいところになっていた。


 内心ビビっている。観客だってどうにかしているのだ!こんな血みどろなスポーツに熱中するなんて、よっぽど娯楽に飢えているにちがいない。


「見て、エドワード様よ」

 髪に水色のリボンをつけた令嬢が黄色い声をあげた。

「なんて素敵なんでしょう。うっとりしちゃう……。ねえ、レベッカ、あなたもそう思うでしょ」


「ええ、もちろんよ。でもデイジー、そんな目で見ないでちょうだい。エドワード様は私のことなんか、なんとも思ってないんだから」

 レベッカと呼ばれた娘は伏し目がちになって言った。満更まんざらでもなさそうな顔をしている。笑みを隠しきれないらしい。

「デズモンド様も素敵な方ね。今日なんか特に……」


 デズモンドも闘技場にいた。黒い、見事な軍馬に乗っている。なんだか嫌な予感がした。


 レベッカはか弱い雰囲気の若い女だ。淡い紫の髪に白いまつげ。アルビノのように真っ白な肌。小柄な体を白いドレスに包んでいる。


 クリステンとは正反対のタイプの女。


 出しぬけにレベッカが振り向いて、目が合った。思わずかたい表情をする。レベッカは無表情だ。品定めするようにこちらを見ている。


 視線をはずしてから、あれはマズかったかもしれない、と思った。女同士って難しいものだ。すぐに目を逸らすか、気まずそうに笑いかければよかったかも。


 エドワードが白馬に乗って場内を進んできた。観客席の方に向かっている。もしかして、私のほうに来るのかも……!


 期待がはずれた。レベッカの前で止まったのだ。


 彼が来てくれるかも、なんて思うなんて私がバカだった。だって、最低最悪なクリステン・エスティアーナなんだもの。エドワードが私を愛することはない、絶対に。


「レベッカ、美しい姫君の手にキスを」

 エドワードがレベッカを見上げて言う。


 レベッカは石膏せっこうのように白い肌をほんのりと赤く染めて、手を差し出した。エドワードが口づけをし、レベッカは彼の手にハンカチを滑りこませる。


 胸に苦い失望が広がった。


 真昼の太陽のせいで暑い。落馬して骨折する者や、腕から血をたらす者を見ていると、汗がにじんできた。


「クリステン」

 デズモンドの声がした。


 膝においていたハンカチがなくなっている。振り向くとすぐ後ろにデズモンドが立っていた。黒っぽい甲冑に身を包んでいる。


「デズモンド様、ごきげんよう。よろしければハンカチを返してくださらない?」

 立ち上がって言った。


 ヒールつきのブーツで立ったら、デズモンドと同じくらいの背丈になるのだ。威圧感を出せるはずだった。


 周りに座っていた女性陣が私を見て、ひそひそ声で何か話していた。デズモンドは澄ました顔で立っている。


「姫君、約束ですね?」

 彼は手に取ったハンカチを見つめながら言った。わざとみんなの聞こえるようにしているのだ。


 いいかげん腹が立つ。これ以上エドワードに嫌われたくないのに。


「デズモンド様、返してください。あなたと何も約束していませんわ。もう少し私の立場を考えてください」


 彼の暗く赤い目が、あやしげに光った。この男、やるつもりなのだ。底意地の悪い、いやな男!こうなったら、なんとしてでもハンカチをとり返してやる!


 デズモンドの肩をつかんで、激しく揺さぶった。観客席のご婦人方から悲鳴が上がる。


 夢中になって、彼の手からハンカチをもぎとろうとした。あと少しでとれそう……。でも肝心なところで汗で手が滑ってとれない!


 ナターシャが必死になって私を止めようとしていた。貴族の男性陣は唖然あぜんとし、王様は怒号をあげている。平民たちからは待ってましたとばかりに、野次がとんできた。そして、デズモンドは愉快がっている。本当に嫌な奴だ。救いようのないくらい、いやなやつ。



 ハンカチ騒動のせいで、またもや王妃に呼び出されてしまった。王妃は完全にキレている。


「あなたには恥の概念ってものがないんですか?ハンカチごときで大騒ぎして、大勢の前で揉み合いするなんて!王太子の妃になる自覚がないんですね」

 

 王妃の怒鳴り声を聞いていると耳がジンジンとしびれた。


「でも王妃様、名誉を守ろうとしたんです。不当にハンカチを奪われたんですもの」


 王妃の吊り上がった目がさらに険しくなった。真紫の唇がわなわなと震える。

「言い訳するんですか!殿方と殴り合いしておいて?とにかく、あなたを息子の婚約者として、もうあと1日でも自由にさせておくことはできません!今夜エドワードと結婚なさい。それから後は私の監視下にいるんです!」


「王妃様、エドワード様は私を愛しておりません。エドワード様の幸せのためにも結婚はまだするべきではありません。王太子様はレベッカという方を愛してらっしゃいます」


 今夜結婚なんて考えたくもなかった。愛のない、憎悪と金しかない結婚なんて。


「レベッカは問題外ですよ。家柄も教養もない小娘だなんて。息子が夢中になっていることは知っていますよ。噂じゃ、家にあんまりお金がないので娼館に売り飛ばされそうになったそうじゃないですか。優しいあの子はレベッカを気の毒がってるんですよ。一生守るなんて、夢見ごと言って」


 それでも、今夜エドワードと結婚することはなさそうだ。王妃の機嫌もおさまっていた。

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