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結婚からの解放宣言

 寝室に戻るころには、パーティーのほとぼりも冷めていた。二人っきりの部屋に気づまりな沈黙が流れる。虫の鳴き声がきこえた。


 ナターシャが部屋に入ってくる。ネグリジェを運んできてくれたのだ。


「今夜は楽しかったわ」

 水差しから水を飲むエドワードの背中に言う。


「そうか。それはよかった」


 こちらを見ようともしない。あのキスはなんだったんだろう?舟の上で、打ち解けあって良いムードになっていたのに……



 朝。ベッドのカーテンが開いている。お天道様てんとうさまが容赦なく部屋に差し込んできた。ナターシャがバタバタと歩き回っている。わざとあんな大きな足音を出しているのだ。もう、にくたらしい!


 私は起き上がって、しばらくベッドの上でぼんやりしていた。ネグリジェがずり下がってきて、肩がまるだしになる。


 昨夜は結局、何も起こらなかった。エドワードはそのままベッドに入ってしまったのだ。そして、私が寝たのを確認すると部屋を出ていく。


「ナターシャ、お話があるの。だから寝間着ねまきなんか置いて、隣に座って。ほら、ベッドに」 

 薄紫のドレスに着替えると、ベッドの腰かけた。


 ナターシャが探るようにこちらを見る。いぶかしげな目だ。異臭のするチーズでも見るみたい。


 彼女は私とエドワードの寝間着をわきに置いて、恐る恐る指示に従った。


「それで、お話ってなんです?」


「ナターシャ、日頃から憎まれ口を叩かれてるけど、私はあなたが好きよ。私たちって友達よね?ほら、あなたには何度か救われたし」

 私が話し出す。


「なんの話がしたいのかわかりませんね。お嬢さまには友達はいませんよ。ジョージアナ様だって友達をやめてしまったんですから」

 ナターシャは辛辣だ。


「それじゃあ、あなたは友達以上ね。親友じゃない?そうでしょ?

 つまりね、私は愛するナターシャに頼み事があるの。宮廷を離れたいのよ」


 ナターシャはかぶりを振った。

「以前もエドワード様を捨てて、宮廷を飛び出しましたよね。そのときは結婚前でした。でも今は王太子様と結婚された身で、ただエドワード様が冷たいからという理由だけで、宮廷から逃げられませんよ。旅行にも転居にも夫の許可が必要です。それがこの国のルールなのですから」


 なるほど、フェミニストが怒って宮殿に放火しそうな法律があるらしい。旅行にまで夫の許可が必要だとは。実際に違反した者の取り締まりが行われているかは謎だが。


「問題は夫の態度じゃないわ。あの人は夫の義務を果たそうとしない。私が妊娠するようなことをしてくれないのよ。それなのに、王妃や宮廷のご婦人方の言うことときたら!結婚は最初から失敗するってわかっていたことなのに……

 ねえナターシャ、私も向こうの世界ではバカなことばかりやってたわ。男に振り回されて、人生の目的なんか考えずにフラフラしてたの。でもこっちの世界ではそんなことにはさせないわ。

 前にクリステンがやったことも知ってる。エドワードがそのせいで傷ついたことも。でも彼に歩み寄る時間は終わったの。私たちは一緒にいては幸せにはなれないから。彼も私が出ていけば安心するわ。その内離婚して、私よりも気立てがよくて可愛い子と再婚するでしょう」


「お嬢さまはエドワード様から逃げたいだけですよ。離婚なんて望んでないでしょう?」

 ナターシャが静かに言う。

「それに宮廷から出てってどうするんです?孤児院の院長にでもなるつもりですか。キティ様の面倒だって投げ出すんですか」


「贅沢な暮らしなんてしようとしてないわ。宝石があるし、それで十分なの。賢く生きれば、宿や食事には困らないわ。孤児の面倒だって見れるでしょうね。とにかく、こんな生活はいやなの。エドワードを結婚で縛りたくないし、私も男の子を産む道具にさせられるなんて真っ平ごめんよ」



 ナターシャは最後まで私に反対し続けた。だが結局、恋人のジミーと連絡を取り合うという条件で同意してくれた。


 夫婦の最後の夜、私はちょっと感傷的な気分になっていた。エドワードは秋に始まる狩猟のことで何か言っている。私はてきとうに相槌をうっていた。夢中になってしゃべっている彼はなんだか可愛い。微笑んで、横顔を見つめていた。不意にほっぺたにキスする。


 エドワードの目の色が変わった。くちびるにキスする。彼は私に覆いかぶさって愛撫を重ねた。優しく、情熱的に。でも今まで通り、それ以上のことはないのだ……



 ベッドが揺れていた。ガタガタゴトゴト。ガタガタゴトゴト。

 すごく寝心地の悪いベッドだ。それに腕が締め付けられて痛い。足だってジンジンしびれて、血流がとまってしまったみたい。


 不意に恐怖に近い何かを感じて目を開けた。

 馬車だ、私が寝ているのは!手足を縛られている。閉まった窓の隙間から森の断片が見える。


「エドワード!」


 怖くて、心細くてひたすら夫の名前を叫んだ。叫び声はすぐに森の木々に吸収されて消えてしまう。


「エドワード!」


 返事はなかった。馬車がものすごいスピードで駆けてゆくだけ。私は誘拐されたのだ。

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