第五話 オングル炭鉱跡地鎮圧
【ロアナ王国日刊紙 ハサ日日新聞】__クローナ歴555年9月14日の記事より抜粋
『■オングル炭鉱跡地にて国防軍が武装集団を制圧
ロアナ王国国防軍は13日、タルコット侯爵領に位置する旧オングル炭鉱跡地において、不穏な動きを見せていた武装集団に対する鎮圧作戦を実行、成功裡に終結させた。旧炭鉱内からは密輸したと思われる大量の銃器、火薬類が発見、押収されている。
現場で拘束されたのは王都ハサ出身と見られる多数のラァラ派信徒と、ラァラ派聖職者二名。聖会による軍隊の保有及び銃器の所持は本国では認められておらず、国家反逆罪に当たるとして調べを進めている。
王室報道官は、「今般の事態は王国全体の秩序維持にとって憂慮すべき事態であり、断固たる措置を講じたものである」との声明を発表した。拘束された者たちはすでに王都の国防軍本部へ連行。詳細な取り調べと、必要に応じた教導が行われる見込み。
ナスル王国聖地トゥカにて静養中のタルコット侯爵が本件に関与しているかは不明。健康状態や事件当時の状況についても未だ公式発表は出されていない。』
【ロアナ王国不定期発刊 真実新報】__クローナ歴555年9月14日の記事より抜粋
『■国防軍、ラァラ派反逆軍「神聖隊」制圧
タルコット侯爵領オングル炭鉱跡地にてロアナ国防軍が武装集団を制圧。大多数がラァラ派改宗を望むハサ出身の若者で、「神聖隊」を自称している。関係筋の話によると、王都ハサにあるラァラ派礼拝殿において所謂「ラァラ派かぶれ」の若者を狙った入隊勧誘が行われていた模様。オングル炭鉱跡地では洗脳的教育及び銃撃訓練が行われていた。
本紙が独自に入手した情報によると、今回拘束された聖職者は王都ハサのウィナ礼拝殿所属の教司が一名、オールソン伯爵領のシィラァラ礼拝殿所属の祭司が一名。
■ラァラ派関係者によるタルコット領支配
タルコット侯爵領最大規模の聖殿であるレンデン聖殿教司は、今回の件は無関係だと主張している。しかし、タルコット侯爵家の元関係者から王都警察に次のような告発があったことがわかった。
その内容は「タルコット侯爵家は以前からレンデン聖殿による領地運営への不当な干渉を受けていた」というものである。本紙記者が取材を行ったところ、同様の証言を数人から得られた。また、「トゥカ駅での暴発事件は、ラァラ派の不当な干渉から逃れるために大聖殿を頼ろうとしたタルコット侯爵が妨害を受けたのではないか」という声もある。
聖地トゥカからタルコット侯爵領までは急行を使えば半日ほどの距離にも関わらず、侯爵は未だ聖地に留まっている。王都ではサザラン伯爵を狙った襲撃事件も起きており、身の危険を感じて聖地滞在を延ばしていると考えられる。
■反逆軍「神聖隊」の狙いは王都ハサ
神聖隊の主張は、ロアナ王家のラァラ派への改宗である。ジチ正派からラァラ派に改宗することが、停滞した王都経済を復活させると信じている。その是非については各々の判断におまかせするが、以下に一通の告発分を掲載する。これは、本紙主筆宛に送られてきた匿名の文書である。
▷見習い修復師の告白(誤字脱字は本紙の判断により訂正)
「拙い文章ですがお許しください。私はこれを真実新報に送ります。秘密を一人で抱えることが恐ろしくなりました。ハサが血で染まることがないと願っています。
私はハサで働いている見習い修復師です。ジチ正派ですが、ラァラ派にも少し興味がありました。師匠の取引先の貴族のご子息から、ラァラ派の話を聞いたのです。平民まで潤うにはみんなラァラ派に改宗すべきで、身分問わず結束してこそ王都ハサは栄えるとその方は言っていました。何度も聞いているうちに、ラァラ派になれば生活が楽になれるのだと考えるようになり――』
ウチヒスル城に潜入した日の翌日、九月十四日の昼過ぎ。わたしたちは王都から届いた本日付けの新聞を書斎のテーブルに広げて目を通していた。真実新報に載っているこの告発文は、数日前のサザラン伯爵からの手紙に書かれていた内容だ。
記事を読み終えたオスカー卿は、わずかに安堵をにじませてため息をついた。
「昨夜は情報が錯綜していたのでしょう。王都で何かあったのではと心配したのですが、結局はオングル制圧の件だったようですね。当初の予定通り、ラァラ神殿の捜査に合わせて決行したようです」
「そうですね」と答えたのはジュジュ。
「真実新報も、今回は王家の手のひらの上で踊ってあげたっていうところでしょう。このタイミングで告発文を載せたんですから」
伯爵令息相手にもまったく物怖じしないどころか、ジュジュはからかうように妖艶な眼差しを送った。オスカー卿は何度かやられて慣れたのか、苦笑で受け流している。
「摘発前に告発内容が公表されていたら、神聖隊が警戒してオングルから撤収していた可能性もあります。ダン・ヒチョンはラァラ派を嫌っていますし、そのようなことになるのは望んでいないはず。ルヴィルナグ聖殿改修の件が流れたのは自分のせいだと思っていたようですから、今回は慎重に動いたのでしょう。
しかし、王都の様子が気になりますね。捕まった神聖隊以外にも、ラァラ派かぶれの若者はまだまだいるはずです。今のところラァラ派家門の貴族たちは沈黙を守っているようですが……」
「ラァラ派貴族が下手に動くことはないと思うよ」
ネイサンは出窓に腰を降ろし、今回の事態にあまり興味なさそうな顔で足をブラブラさせて言った。レナードのためにヨスニル語に訳していたライナスがちょうど記事を読み終え、「まあ、そうだろうな」とネイサンの言葉に同意する。
「オングル炭鉱跡地のことだけなら、タルコットやオールソンといった北部のラァラ派貴族が企てたことだと言い逃れることもできるでしょう。でも、霧の銀狼団に所属している南部のラァラ派貴族どもは、神殿に捜査が入ったことを知っています。沈黙してるのは、下手に声をあげて自分たちに飛び火することを恐れているからです。交霊の恩恵を受けてきた貴族ほど、いつ自分の家門に捜査が入るかと、戦々恐々としてるんじゃないでしょうか」
「カラック村孤児院が解体されてからも、フォルブスではオピウム製造が行われてるからね。バレにくいように小規模の畑を領地のあちこちに作ってる。ウチヒスル城にも捜査が入ったなら、いずれそれも摘発されるはずだよ。いたいけな領民たちが捕まるなんて、哀れだよね」
ネイサンが補足した話に、ライナスは驚いたようだった。
「領民を使って製造してるのか?」
「神殿の敷地内で栽培するのはまずいだろ?
どこで嗅ぎつけたのか、現地に直接遣いを向かわせてオピウムを買った貴族もいるみたいだよ。自分で愉しむために買ったのか、それともどこかに売っぱらって小銭稼ぎでもしたのか。とにかく、それも南部貴族が焦ってる理由のひとつってこと」
「邪教絡みのことならフォルブス以外の貴族は知らぬ存ぜぬで通せた可能性もあるでしょうが、違法薬物に関わっているとなると……」
オスカー卿は悩ましげに眉を寄せた。わたしたちの予想では、フォルブス男爵家は滅門になり、領地はサザランのものになるのではと考えている。地理的状況と、サザラン家と王家の関係を考慮すれば、それが一番有り得そうな筋書きだから。しかし、サザラン領のことばかり考えていて、その周囲にあるラァラ派家門の領地がどんな状況になるかまではほとんど話したことがなかった。
「ぼくは、ちょっと違うと思うなぁ」
ネイサンはブラつかせていた足を組み、膝で頬杖をついた。
「薬物より邪教のほうが、一般国民にとっては衝撃的じゃないかな。オピウムは違法だし問題だろうけど、違法薬物の売買なんてどこでも聞く話だし、霧の銀狼団の中でも薬物関連の犯罪に手を染めてるのはごく少数だ。ラァラ派貴族たちが心配してるのは、ラァラ神殿が邪教と関わってるという事実が公になることだと思う。信徒の信頼を裏切ることになるし、暴動が起きてもおかしくない」
「それはつまり、霧の銀狼団は神殿と邪教のつながりに気づいていたということですか?」
生意気な少年の姿のネイサンに、二十歳を過ぎた伯爵令息のオスカー卿が敬語を使う姿は違和感があった。が、ネイサンはそれを当り前のように受け止めている。
「確信はないかもしれないけど、誰だって察するだろう?
だって、聖女ラァラはイモゥトゥであり邪神リーリナの妻なんだ。いくら聖人ジチの娘とはいえ、邪神との結びつきが一番強い人物だよ。その上、神殿にはイヴォンという聖女がいて、イモゥトゥもたくさんいた。〝呪われたイモゥトゥ〟がね。
神殿がイヴォンの捜索記事を出したとき、『なぜイモゥトゥを保護していると公表したのか』と男爵に詰め寄った貴族が何人かいたらしいよ。でも、貴族どもにできるのはせいぜい文句を言うくらいだ。フォルブスや神殿に楯突けば処分されるとわかってる。だからといってラァラ派から抜けることもできない。秘密を共有している以上、抜けようとすればやっぱり処分される。
さらに言えば、その神殿の頂点にいたはずのフォルブス男爵が事故死したんだ。何者かに殺されたって、霧の銀狼団員なら考えるだろうね。犯人は息子ヴィンセントなのか、それとも他の霧の銀狼団員なのか。ああ、悩ましい。
要するに、彼らにできるのは神殿とできるだけ距離をおきつつ、大人しく嵐が去るのを待つだけってこと。実際、そうしてるだろ?
こんな状況で平然とラァラ派を名乗ったり擁護したりできるのは、ある意味で本当に純粋な信者たちだろうね」
わたしはラァラ神殿の正門前にいた信者たちの姿を思い出した。彼らは今日もフォルブス男爵の死を悼むために長蛇の列を作っているという。オングルでのことが彼らの耳に届いているのかどうかはわからないが、先ほどのライナスの言葉にあったように、「北部のラァラ派貴族が勝手にやった」と言えば彼らは簡単に信じるだろう。
王都にいるラァラ派かぶれの若者も、ある意味では純粋な信徒なのかもしれなかった。ただ、彼らが信じているのは聖人ジチでもラァラの愛でもなく、「ラァラ派なら豊かなくらしができる」という根拠のない夢のようなもの。
「フォルブスと神殿については王家に任せておけば問題ないだろうけど……」
ライナスが語尾を濁すと、「問題はイヴォンたちとリュカね」とジュジュが続けた。パヴラと連絡をとり、新月の黒豹倶楽部が何人かサザラン領に来て密かに捜索しているが、今のところ何も見つかっていない。
「サザラン警察も人員を増やして捜索しているようですが、情報提供が多くて逆に確認に手間取られているようです。逃走に使われた馬車が普通の荷馬車だったせいもあって……」
オスカー卿はまるで自分の不手際のように申し訳なさそうな顔をした。
「オスカー卿、サザラン警察はリュカの捜索もしてるんでしょうか?」
「いちおう捜査員数名がリュカの捜索にあたっているようです。リュカについては、ウチヒスル城の南棟に滞在していたイモゥトゥが姿を消した――という話になっていて、リュカはメイドに目撃されていますから、捜査隊に問いただされてヴィンセント卿がそんなふうに言ったのでしょう。まあ、泥人形だと言うわけにはいきませんからね。
いずれにせよ、リュカは護衛のイモゥトゥたちと一緒でしょう。心配なのは、黒豹倶楽部のウルクという方ですね」
オスカー卿が気遣うようにジュジュの表情をうかがった。彼女は「まだ洗脳されてると思う?」と窓辺のネイサンに尋ねる。
「さあね。昨日言ったように、行動を操作するような暗示は数時間から長くて数日持続するから、まだ洗脳状態にある可能性はある。洗脳が解ければ自分の意思で活動できる状態に戻るけど、根の影響で性格や価値観が変わる。
そいつの体に入った根はリュカのものだから、リュカが黒豹を憎んでいたのならウルクってやつも君たちに嫌悪感を抱くかもしれないし、リュカがユフィを愛していたのなら、ウルクはユフィに好意を抱くかもしれないね」
「やめてよ」
わたしが眉をしかめると、ネイサンは楽しげにククッと笑った。
「冗談だよ。リュカの性質というより、受け継ぐのはエリオットの性質と言った方がいい。まあ、でも大した変化じゃない。エリオット由来の根をごっそり入れたぼくとライナスがこんな感じなんだ。リュカとはまったく別人だろ?」
二人はそれぞれルーカスと似ているところがある――と思ったけれど、わたしはなんとなく「そうね」と答えた。ネイサンは満足げな笑みを浮かべたが、その口から次に出たのは不吉な言葉だった。
「まあ、洗脳が解けても、もう一度洗脳されてるかもね。逃げ出されて通報されたら困るわけだから、リュカの逃亡を幇助するような洗脳をかけ続けてる可能性はあると思うよ。邪魔になったら銃弾二発でお払い箱」
ジュジュがキッとネイサンを睨み、ライナスが「ネイサン」と叱責するように彼の名前を呼んだ。その声の背後にかすかに馬車の音が聞こえ、わたしは窓辺へと駆け寄る。ちょうど門前に馬車が姿を見せたところだった。
「誰かしら?」
「……あれは、国防軍の馬車のようですね」
オスカー卿がわたしの隣にやってきて、声に緊張を滲ませてそう言った。
貴族の乗るような豪華な馬車ではなく、簡素な黒塗りのコーチ。実用性を追求した無骨で無機質なキャビンが、妙に不安を駆り立てた。連れた騎馬兵が一人。それがいかにも内密の用件といった雰囲気を漂わせている。馬の背に跨る男は、ロアナ入国時に目にした国境警備兵と似たような制服を着ていた。
朗報か、凶報か――。意識して呼吸を整えながら見守っていると、キャビンの小さな窓から男性の横顔が見え、その瞬間に胸を占めていた心配は一気に吹き飛んだ。
「アカツキだわ!」
相手はわたしには気づいていないようだった。わたしもイモゥトゥでなかったら、この距離で彼の顔を判別できていなかっただろう。
書斎から駆け出したわたしの後ろをレナードが追ってくる。何事かとサザラン家の使用人たちが振り返るのをすべて無視して、玄関から飛び出すと馬車が敷地内に入ってくるところだった。当主代理のオスカー卿の許可なく馬車を乗り入れたということは、それだけの権力を持つ者。国防軍で間違いなさそうだ。
なぜアカツキが国防軍の馬車に乗っているのかは不明だが、ただ、彼が手の届く場所にいるというだけで、今のわたしには十分過ぎる朗報だった。




