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泥濘のリュカ〜わたしを殺した彼のルーツ〜  作者: 31040
第三幕 ルーツ ――第一章 ロアナ王都ハサ
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第六話 ガゼボの密談(一)

__ロアナ王国王都ハサ郊外サザラン伯爵邸__555年9月7日



「ヨスニル共和国で画商をされていると聞きましたが、失礼ながらお名前は初めて耳にしました。お二人ともようこそサザラン邸へ。歓迎いたします」


 サザラン伯爵の口ぶりは、偽装身分は承知の上だと言いたいようだった。そして、第二王子のことは「イ・クルム子爵の甥だ」とわたしたちに紹介した。これも、こちらに嘘がバレるのをわかっていてのことだ。


 問題は子爵だった。わたしの顔を覚えているらしく、茶番のようなやりとりの間ずっとこちらを見ている。そして、サザラン伯爵の話が途切れるやいなやこう切り出した。


「セネット嬢はエイツ男爵令嬢のご友人だったそうですね。もしかしてケイ公爵家のご令息とも面識が?」


「ええ。エイツ男爵令嬢を介して何度かお話したことがあります」


「そうでしたか。実は、わたしはつい先日プリンセスオリアンヌ号でケイ卿と偶然お会いしたのです。その時はウィルビー卿もご一緒でした。ご令嬢はウィルビー卿ともお知り合いですか?」


「ええ、顔見知り程度には」


 もしかしたら、子爵は船内で会ったアカツキの秘密の恋人と眼の前にいるわたしとが同一人物だという確信がまだ持てていないのかもしれない。質問することでこちらの反応を見ようとしている。慎重に応対しようと考えていたところに、ライナスが突然「失礼ですが」とロアナ語で口を挟んだ。全員が呆気にとられる中、ライナスは平然と話を続ける。


「イ・クルム子爵様はケイ卿とご面識がおありのようですね。わたしも彼とは親しくさせていただいているんですが、実は今、ケイ卿はトゥカ大聖殿の治療院にいます。暴発に巻き込まれて負傷したのです」


 驚きに満ちた三人の表情から察するに、ダン・ヒチョンは美術商のオーナーにすべて話したわけではないらしい。だが、第二王子の顔に滲む感情は驚きだけではなかった。


「ポール・セネットはロアナ語が話せないのではなかったか?」


 横柄な口調は王族ならでは。ここで第二王子の信用を損なうとサザラン伯爵に協力を求めることも難しくなる。ライナスは早々に正体を明かすつもりだったのか、わたしの腕を掴むと自分の隣に跪かせた。


「王子殿下。偽りの身分にてこの場に来たことをお詫び致します。わたしと彼女は見ての通り兄妹ではありませんし、貴族でもありません。わたしの名はライナス、彼女はユーフェミアと申します」


 顔を上げるわけにはいかず、第二王子の表情はわからない。彼の踵は拍を取るように地面を踏み、しばらくしてハァと投げやりな吐息が聞こえた。


「ユーフェミアと言ったか。そなた、エイツ男爵令嬢と知り合いというのは嘘だったのか?」


「いえ、それは事実です。わたしは以前エイツ男爵家でセラフィアお嬢様にお仕えしておりました。先ほどイ・クルム子爵様がプリンセスオリアンヌ号でのことをおっしゃっていましたが、ケイ卿とウィルビー卿と一緒にわたしがいたことも覚えておられるはず。その数日前、わたしはエイツ男爵家を訪問し、男爵様の仲立ちでケイ卿を紹介していただきました。不可解な点の多いセラフィアお嬢様の事故死の調査に協力してもらうためです」


「男爵令嬢と仲が良かったのか?」


「……姉のように慕っておりました」


 実際にわたしが姉のように慕っていたのはセラフィア・エイツではなくユーフェミア・アッシュフィールドだけれど。


「子爵、彼女と船で会ったというのは?」


「わたしは人の顔を覚えるのが得意な方です。船でお会いしたのはこちらの令嬢に間違いありません」


「なるほどな。そなたたちがロアナに来た目的は子爵と同じということか。その途中でケイ卿が事故に巻き込まれたのだとすれば、何とも不運な話だ」


「子爵様と同じというのは、一体どういう意味でしょう?」


 わたしが尋ねると、王子は子爵を一瞥して説明しろというようにクイと顎をしゃくった。子爵はサザラン伯爵の顔をうかがい、「構いません」と許可が下りるとひとつ息を吐いて口を開く。


「ユーフェミア嬢は自主的にエイツ男爵令嬢の死について調べようとなさっているみたいですが、わたしはエイツ男爵から調査を依頼されたのです。ご令嬢がソトラッカでどのように過ごされていたのか。それから、令嬢が亡くなった夜に一緒にいた人物について。ユーフェミア嬢はその人物の名をご存知ですか?」


 わたしが無意識にサザラン伯爵に視線をやると、子爵は「やはりご存知のようですね」と申し訳なさそうな笑みを浮かべた。


「その男はルーカス・サザランと名乗り、ロアナ王国のサザラン家出身だと言っていたようですが、それは嘘だったようです」


 子爵の説明を肯定するように、サザラン伯爵が大きくうなずく。


「子爵殿の話ではサザランを名乗ったその男はずいぶん男前らしいですが、うちにはオスカーという平凡な顔立ちの息子が一人いるだけです。

 それにしても、子爵殿にはあなたが本当にエイツ男爵令嬢の知り合いか確認してもらうだけのつもりだったのですが、知り合いなどという軽い関係ではありませんでしたね。ライナス君もエイツ家と関係がおありなのですか?」


「いえ、まったく。わたしの故郷はカラック村ですから」

 

 その言葉にサザラン伯爵と第二王子の表情が強張り、ガゼボに緊張が走った。前庭の方から笑い声が聞こえてきたが、空気が和らぐことはなくイ・クルム子爵は困惑の表情を浮かべている。詳しい事情は聞かされていないのだろう。


「子爵殿。申し訳ないが少し席を外してもらえないだろうか。せっかくですから茶会を愉しんでください」


 サザラン伯爵が片手を上げると、どこで見ていたのか本館の陰から執事が現れて子爵を会場へと連れて行った。その姿が完全に見えなくなった後。


「予想外のことになったな」


 第二王子がさほど緊迫感のない声で言う。


「おまえ、身分証を見せろ」


「身分証は宿泊先に置いてきました。フォルブス家が発行した使用人用の身分証です。元は姓のないただのライナスでしたが、身分証発行の際にライナス・ローナンを名乗るよう言われました」


「……フォルブス? よくこの場でその名を口にできたものだな。状況はわかっているだろうに」


「証明するために明かしたのです」


「何を証明する」


「フォルブスの犬ではないことをです。

 わたしは以前、サザラン伯爵様宛てにカラック村孤児院に関する告発文書を送りました。フォルブスの内部にいなければ掴めない情報です。さらに、その告発文書と同じものをタルコット侯爵にも渡しました。

 王子殿下がどの程度ラァラ派の事情をご存知かわかりませんが、タルコット侯爵は神殿に脅されて領地経営にまで干渉される状況が先代から続いています。その状況を脱するため、わたしが用意した告発文書、そして神殿が執着している聖女を盾に交渉する計画を立てていたのです」


「交渉だと? タルコットが神殿とどんな交渉をしようと?」


「ラァラ派からの離脱です。その計画を進めるためにイヴォンを探す過程で手を組むことになったのがユーフェミア嬢とケイ卿でした」


 ライナスはダン・ヒチョンにしたのと同じ話をここでも繰り返した。オールソン卿の名が出ると王子と伯爵は複雑な顔をしていたが、その(偽りの)死に様を知ると息子を切り捨てたフォルブス男爵への嫌悪感を露わにし、オールソン卿には同情しているようにも見えた。話を聞き終えた王子は、腕組みをして値踏みするようにライナスを見下ろしている。


「とりあえず、おまえがフォルブスを裏切ったことはわかった。ひとつ確認しておきたいことがあるのだが、カラック村出身であの告発文書の内容を知っているということは、おまえは孤児院にいたのか? そうだとすれば、目的はフォルブスへの復讐か?」


「告発文書の内容をご存知なのですね」


 驚くライナスを見て、王子は得意げにフンと鼻を鳴らした。どうやら目の前の男がイモゥトゥだということも、カラック村孤児院で何が行われていたのかも王子は知っているようだ。


「サザランがあの告発文書を王族に見せるはずがないとでも思っていたのか? それほどの信頼関係はないと」


 ライナスは「いえ」と歯切れ悪く否定して殊勝にうなだれたものの、〝勝ち〟を確信したのか王子に隠したその表情は嬉々としている。


「王家はサザランとフォルブスの関係を把握している。ロアナ王国にとってサザラン家ほどの功労者はいないが、フォルブスは糞だ」


「ロアナ王家には敬服いたします。ラァラ神殿が何度か王家に接触しようとしたことは承知していますが、ラァラ派優勢の状況下にあってもジチ正派を貫かれました」


 上から評価するようなライナスの言い草に、第二王子はハハッと声を漏らした。


「あの美術商、とんでもないやつを送り込んで来たものだ。いや、美術商がこいつに利用されたのか。おまえがここに来た目的は、フォルブスへの復讐にサザランを利用するためか?」


「王子殿下や伯爵様を無理やり巻き込もうとは考えておりません。わたしがここに来た目的はふたつ。ヒューバート教司様からお預かりした手紙を伯爵様にお渡しすることと、サザラン伯爵様の領地邸宅にある地下書庫を確認させていいただきたく、その許可を得るためです」


 ライナスは上着の内ポケットからおもむろに封筒を取り出し、跪いたまま頭上に捧げ持った。サザラン伯爵が神妙な顔つきでそれを受け取り、ポケットにしまおうとしたところを「読んでみよ」と第二王子が促す。


「心配するな。すべてを話せとは言わん」


 伯爵は諦めたように封を開け、そっと便箋を広げた。わたしとライナスはすでにその内容を知っている。


「伯爵、どんな興味深いことが書かれているのだ?」


 サザラン伯爵は困惑気味にわたしとライナスをうかがい、「これを」と便箋を第二王子に渡した。それを一瞥しただけで王子は拍子抜けし、フッと息を漏らす。


「先ほどライナスが言ったことと同じではないか。おまえたちにサザラン伯爵邸の地下書庫を見せてやるようにと書かれているぞ。それに、サザラン家の秘密を知りたければおまえたちから聞くようにと。一体、ヒューバート教司から何を聞いてきたのだ」


「王子殿下の前で話して良いものか判断がつきかねます。まずはサザラン伯爵様にお聞きいただければと」


 第二王子は不満げにため息をついたが、「仕方あるまい」と腰を浮かせた。しかし、サザラン伯爵がそれを引き止める。


「今さら殿下に隠しごとをする気はありません。どんな秘密であれ、サザランが引き摺ってきた過去はわたしの代ですべて精算しておきたいのです」


「禁教に関わることですが」とライナスが低い声で口にするとサザラン伯爵は頬を引きつらせたが、発言を撤回することなく、王子もこの場に残って一緒に〝秘密〟を知ることになった。


 その後、ガゼボでの密談は二時間近くに及んだ。ヒューバート教司がサザラン家を出た理由、アリシアの日記とエリオットそっくりの少年、大聖殿書庫のリーリナ神教書物にあった泥魂術、フォルブス家と泥魂人形リュカの関係、そして、その泥人形がイヴォンの体を乗っ取ろうとしていること。伯爵の顔は時間を追うごとに青白さを増していった。



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