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泥濘のリュカ〜わたしを殺した彼のルーツ〜  作者: 31040
第二幕 ――第三章 狼少女
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第五話 ルーカスとリュカとエリオット

__ザッカルング共和国ミノ県エイルマ市ルルッカス一番街路地裏__555年8月25日



 わたしはイヴォンの名を何度か呼んだが、彼女が交霊から醒める気配はなかった。「よくこの状態でうろついてたわね」とパヴラは心配半分、呆れ半分といった様子だ。


「パヴラさん、この近くに隠れ家があるんですよね。オトもいるのでしょう? そこに連れて行ってください」


「そうするしかなさそうね。まさか、騒ぎを見に来て三人も拾って帰ることになるとは思わなかった」


 イヴォンはアカツキが背負っていくことになり、パヴラを先頭に裏道を進んだ。左に曲がって四軒目でパヴラは足を止め、古びた木戸を叩くと内側からもノックが返ってくる。


「わたしよ」


 パヴラの声にすぐに扉が開けられ、顔を出したのはオトだった。


「うそ、なんでユフィがいるの? ぼくに会いたくなっちゃった?」


 オトは無邪気にわたしに抱きつこうとしたが、腕のターバンに血が滲んでいるのを見て途中で止める。


「この怪我、さっきの銃声?」


「弾は当たってないわ。ナイフでやられたの」


「オト、彼女の手当をしてあげて。お兄さん、その子はこっちのベッドに」


 通された部屋の明かりはテーブルの上のランプと、パヴラが持っているランタンのふたつだけで、小さな窓は鎧戸が閉められている。奥に二段ベッドがあり、アカツキはその下段にイヴォンを寝かせた。


「ユフィはこっち」


 オトはわたしを椅子に座らせ、薬箱を持ってくるとランプの明かりで傷を確認する。


「これくらいなら明後日には完全に治ってると思うよ。まだ血が出てるから包帯巻いとくね。そっちの端っこ持って、腕を上げて」


 指示された通りにすると、オトは片手で器用に包帯を巻いていった。


「ねえ、オト。ここが新しい拠点? 前の場所と近すぎない? それに、他には誰もいないの?」


「ルルッカス二番街の近くにしたのは急いでいたのもあるし、敵の裏をかく意図もあったんだよ。ちなみに、あのガス爆発は証拠隠滅のためにぼくらがやったの」


「えっ、やり過ぎじゃない?」


 思わず声が裏返った。


「やり過ぎなのはあいつらよ」とパヴラが言う。


「でも、二番街は大変な騒ぎよ。警察も動くんじゃないかしら」


「それでも必要なことだったの」


 パヴラはワインボトルとゴブレットを出してきて、「お兄さんもどうぞ」と四人でテーブルを囲むことになった。アカツキとオトが両隣にいるのは妙な気分で、わたしを値踏みするようなパヴラの視線も居心地が悪い。彼女とはアカツキのいない場所で話をする必要がありそうだ。


「出会いと再会に乾杯」


 パヴラは赤ワインに口をつけ、話の続きを始めた。


「やつらがイモゥトゥを利用して情報を集めているのは間違いないわ。そうだとしたら、新月の黒豹倶楽部の痕跡を残しておくわけにはいかないの。あの場所にイモゥトゥを連れて行って内装を元に交霊させれば、そこでわたしたちが何をやってたのか、どんな会話をしてたのか知られる可能性がある。だから、ああするしかなかった。最初に小火(ボヤ)を起こして避難させたから被害はそう大きくないはずよ」


 なるほどね、とアカツキが納得した様子でうなずいた。


「だから消防旅団の到着が異様に早かったのか。爆発があってほんの数分で歌劇場の前を通ったから不思議に思ってたんだ」


「タルコット侯爵が来なかったらもう少し余裕をもって移転するつもりだったのよ。イヴォンが目撃されたせいでこんな騒ぎになって、さすがに焦ったわ。

 仲間たちは騒ぎが落ち着くまでそれぞれ身を隠してる。ウェルミー五番の黒豹倶楽部も同じように証拠隠滅したはずよ。新しい場所が決まったらロアナ王国の仲間を経由して連絡を取り合うことになってる。

 それにしても、まさか噂のイモゥトゥが転がり込んでくるなんてね。どうしたものかしら」


 ベッドに目をやるとイヴォンはこちらに背を向けて丸くなっていた。時々うめき声がするから眠っているわけではなさそうだ。


「彼女を保護できたのは幸運だよ」と言うアカツキに、パヴラは「お兄さんが研究所に連れて行く?」と真面目な顔で尋ねる。


「研究所はダメだ。ラァラ神殿が公開で捜索している以上、研究所に連れて行っても上は神殿に引き渡すよう言うはずだからね。ヘサン伯爵に協力してもらうのがいいかもしれない。彼は神殿のやり方に嫌悪感を抱いてるし、タルコット侯爵のことも嫌っている。それに、イヴォンは早く安全な場所に移したほうがいい。ヘサン伯爵邸ならそれほど遠くないし、神殿も警察もイモゥトゥ探しをしてるやつらも下手に手出しできない」


「あの、……わたしもそのつもりだったんです」


 イヴォンの声がしてベッドに目をやると、彼女は両手で支えて体を起こしていた。


「新月の黒豹倶楽部を探そうとしたのですが、身の安全を確保するには先にヘサン伯爵に会うべきと思ったんです。でも、こんな身なりでどうやって会ってもらうか考えてウロウロしているうちに騒ぎになってしまった。

 すいませんが、わたしにも何か飲み物をもらえますか?」


「ワインでいい?」


 パヴラは立ち上がると、自分のゴブレットにワインを注ぎ足して彼女に渡した。イヴォンはそれをひと口飲むとフウッと息を吐く。


「かなり頻繁に交霊が起こるようね」


「ここ最近ひっきりなしに交霊状態に陥りますが、交霊を見ている自覚はありますし、現実も見えているのでそれほど問題ではありません。気分が悪くなったのは、ルーカス・サザランという名を耳にしたせいです。そのあと交霊が連鎖して、ひどい悪夢を見ているようでした」


 やはりイヴォンはわたしの死を見たに違いなかった。彼女はアカツキに憐れみの眼差しを向けたが、わたしがセラフィア・エイツだということには気づいていないようだ。


「イヴォンは何を見たの?」


 アカツキが強張った声で聞いた。


「アカツキさんが泣いているのを見ました。別の場面では、ルーカス・サザランと名乗る青年がセラフィアという女性に危害を加えていました」


「危害というのは? ルーカスはセラフィアに何を?」


「よくわかりません。交霊の視点人物はセラフィアでしたが、毒でも飲まされたのか体を動かせず、声も出せない状態のようでした。ルーカスはそれを見て笑っていて、セタの元に送ってあげると言っていました」


 耳を塞ぎたいのを我慢していると、オトがテーブルの下で手を握ってきた。


「イヴォン、セラフィアはルーカスに殺されたんだね?」


 アカツキは深いため息とともにその問いを口にした。が、イヴォンはうなずかない。


「交霊ですべてが見えるわけではないので断言はできません。お伝えしておかなければいけないのは、わたしがあの男を知っているということです。ロアナ王国にあるウチヒスル城の一角で、彼はリュカという名前で暮らしていました」


「イヴォン、彼はイモゥトゥ?」


 アカツキが問うとパヴラがその顔に嫌悪感を滲ませる。殺人者を仲間と認めたくないのだろう。イヴォンは表情を変えずアカツキを見つめていた。


「アカツキさんが彼をイモゥトゥだと考える理由は何ですか?」


「チェサにある鉄道記念館でエリオット・サザランの肖像画を見たんだ。ルーカス・サザランとエリオット・サザランは驚くほどそっくりで、しかも同じ場所にホクロがある。二人が同一人物なら、ルーカス・サザランはイモゥトゥということだ」


「筋は通っていますが、残念ながらエリオットとリュカは別人です。リュカを育てたのはエリオットですから」


 予想だにしなかった言葉に、全員が「エッ」と声を漏らした。


「エリオットと同時代に生きていたならルーカスはイモゥトゥだね?」


 アカツキは前のめりになったが、イヴォンからは「そうだと思います」と妙に曖昧な返事が返ってきた。


「彼が不老なのは確かですが、普通のイモゥトゥと違って病弱で、屋外に出ることは滅多にありません。そのせいか、神殿ではなくウチヒスル城で暮らし、わたしや他のイモゥトゥのように聖職に就いてもいませんでした。それに、神殿にいた他のイモゥトゥとは違い、彼は幼少期にサザラン伯爵家で暮らしていました」


「イヴォンはどこで育ったの?」


「わたしは自分がどこで生まれたのか知りません。実は、処刑されそうになったわたしを救ったのがエリオット・サザランなのです」


 四人が言葉を失ったが、イヴォンはその時の状況を淡々と話し始めた。


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