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青星の水晶〈下〉  作者: 千雪はな
第1章 見えない敵
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06 | 花束と影

冬の初月(しょづき)も中頃になり、宮殿の窓から見える庭も、塀の向こうに見える建物の屋根も雪を被った白い景色が広がっていた。


「今日は一段と冷えるな」


居室や執務室がある東の棟と貴賓室がある南の棟を結ぶ渡り廊下を歩きながら、上着の襟をぎゅっと締めた。キンと冷えた空気にタイル張りの床を歩く僕とチェスターの足音がいつもより硬く響いているように聞こえた。


ユトレフィス公国の第二公子をこの宮殿に迎えるのを二日後に控え、最後の確認をしていた。どこも綺麗に改装され、最後に花や美術品を飾っているところだ。アリアの負担を少しでも軽くしたいと備品の手配をこちらで行ったが、不足なく揃っていた。


一通り見回り、最後に公子が到着するエントランスホールに下りてくると、正面に飾られた一際大きな装花が間もなく完成しそうだった。


白や淡いピンクの花を背景にして何種類かの青い花が際立つよう華やかに活けられていた。


「見事だな」


「殿下!恐れ入ります」


僕の独り言に花を生けていた花師が驚いて振り返り、そして深くお辞儀をした。


「驚かせてすまない。引き続きよろしく頼む」


「はっ」


もう一度丁寧に頭を下げて花師は作業に戻った。僕はその場の責任者といくつか確認を行った後、執務室へと戻ることにした。


 ◇ ・ ◇ ・ ◇


―――会場の準備は万端だ。問題は会談の内容か


東の棟の廊下を歩きながら、今後の予定をチェスターに再確認した。


「公子が王城に着くのは、今日の昼頃だったな」


「はい、昼前に到着されると聞いていますので、そろそろ王都に入られる頃かもしれないですね」


「もうそんな頃か。僕は昼食の後に王城へ向かえばいいんだな」


「はい。公子殿下が陛下への謁見された後、歓迎晩餐会までお相手をお願いいたします。晩餐会はアリア様とご一緒に。明日は公子殿下は王太子殿下との会談の後、フィリップ殿下と共に希望された各地を視察されます」


「それで明後日、こちらに来られると」


「はい、その通りでございます」


―――明日、もう一日は準備の時間が取れるか


公子の訪問はまだ先だと思っていたが、黒魔術結社のことを調べていたら月日が飛ぶように過ぎていた。その正体も、アリアを狙う目的も(いま)だはっきりせず焦りを覚えていた。


その中でもいくつかのことはわかってきた。アリアが訳した資料から、黒魔術結社は主にはユトレフィス公国に拠点があり、公家と歴史的に対立をしているという。


今回、公子も黒魔術結社との問題の解決のためにアリアの魔力を何らかの形で頼ってくるものと予想された。


―――こちらの疑問に公子は答えてくれるだろうか…




「ライナス様」


背後から呼ばれた明るい声に、僕は立ち止まり振り返った。


「アリア」


侍女と護衛を伴い歩いてくるアリアは小さな花束を手にしていた。柔らかな笑顔に、淡い色の花がよく似合っていた。


「ライナス様も南の棟を見に行ってくださったのですね。つい先程、職人達が教えてくれたんです」


「そうなのか。アリアも行くなら、一緒に回ったらよかったな」


「ふふふ、本当ですね」


残念がる僕を(なだ)めるように、アリアは笑った。


「その花はエントランスの装花のか?」


「ええ、ちょうど挿し終わったところで、余った分で花束を作ってくださったの。綺麗でしょう」


白やピンクの花をメインに、小さな青い花が数本入った可憐な花束をアリアは大切そうに僕に見せてくれた。


―――ああ、そうやって嬉しそうに花を見つめる君が綺麗だ


そう思いながらアリアを見ていたのだが、


「んっ…」


アリアが小さくうめくような声を漏らし、片手でこめかみを押さえた。


「アリア…⁈どうした?」


ぎゅっと目を閉じ、眉間に皺を寄せて何かに耐えているように見えた。


「アリア、大丈夫かっ⁈」


アリアの足元にバサッと花束が落ちた。耳を塞ぐ両手が震えていた。


「いやっ…」


そう絞り出すような声が漏れ、目を開けたが虚ろに(くう)を見つめ、ふらつく足で何かから逃れるように後ずさろうとした。まるでアリアだけどこか違う場所で得体の知れない何かと対峙しているかのように見えた。


「アリアっ!」


彼女の腕を掴んで耳から離し、叫ぶように名前を呼んだ。


ビクッと体が強張り、驚いたように目を見開いたアリアは現実に戻ってきたようだった。悪夢から飛び起きたように息が乱れていた。


「……ライナス…様?」


僕の名を呟くと、瞳から大粒の涙が次々と(こぼ)れてきた。


僕は震えるアリアをぎゅっと抱きしめた。

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