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青星の水晶〈下〉  作者: 千雪はな
最終章 魔術が復活した世界で
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12 | グラス片手に

『グラス片手に』はギルバート視点のお話です。

「あぁ、美味いな」


窓枠に軽く腰を掛け、グラスに揺れる琥珀酒を見ながら大きく息を()いた。暗くなった外を見れば、湖の岸辺近くに浮かぶ三日月が見えた。


ハンティントンの屋敷に戻って、ゆっくりと景色を眺めるなんて随分と久しぶりだ。アリアの護衛としてユトレフィス公国へ向かってからこれほど時間が掛かるなど思ってもいなかった。しかも、公国滞在中にライナス殿下の側近チェスターが大怪我を負って旧首都に足止めされてからは、彼に代わって俺が殿下の側近を務めることになろうとは。


今日、ようやくチェスターが帰ってきたことで、俺の任務が解かれた。



また一口酒飲むと、はぁっと息を吐いて、帰国直前のことを思い返した。


―――殿下がチェスターを置いて帰国すると決めた時は驚いたな


チェスターは殿下が最も信頼する側近であり、命を賭けて護衛する彼だからこそ殿下も大切にしてきた。危険な場面では彼を盾とするが、それで怪我を負った時は予定を遅らせて帰城したこともあった。


アリアの魂を戻すためにユトレフィスの旧首都グレン=アーバーにチェスターを残して首都のユトレスへ戻ってきたのは、時間を争うことだからそのような選択をしたのだろうと思った。しかしチェスターを待たず、すぐに帰国すると決断した。アリアの回復などを理由にチェスターも合流してから公国を発つとばかり思っていたから、その決定をロバートから聞いた時は、聞き間違いかと彼に聞き返した。


___『すぐにってどういうことだ?チェスター殿が戻り次第、すぐってことか?』


『いや、公国の騎士団の準備が整えばすぐにだ。俺も殿下に二度確認した。アリア様を一刻も早く帰国させたいと』


チェスターと共に長く殿下の側に仕えていたロバートも同じように驚いた様子だった___


この出来事は、殿下が本当にアリアを大事にしてくれていることを知ることができた。


アリアを王家に嫁がせることに心配は尽きないし、どんな相手が来ようとも寂しく思うんだろう。そんな思いを持ちながらも、ライナス殿下になら、アリアを任せられると思えた。



コン、コン、コン…



小さなノックが聞こえて、僕は窓枠から降りて扉の方へと歩き出した。途中、テーブルにグラスを置き、扉を開けると、予想した人が立っていた。


「叔父上、どうかされましたか」


「いや、片付けも終わったから一杯どうかと思ってな」


クリスタルの美しいカットが入ったボトルと酒肴を乗せた皿を手にしていた。


「いいですね、どうぞ」


このまま一人で飲んでいては、アリアが嫁ぐことに感傷的になってしまいそうだったから丁度よかった。叔父上は、俺がユトレフィス公国へ帯同して以降、代理でハンティントン侯爵家(このいえ)の政務を担ってくれていた。俺が帰ってきたことで、早々にアカデミーに戻りたいと明日にはここを出ていく予定だ。


「おっ、一人で飲んでいたのか?」


「はい、よかったら叔父上も。殿下から今回の労いで頂いたものです」


叔父上にグラスを渡すと、半分ほどまで酒を注いだ。


「これは美味いな。こっちのは好きな時に飲んでくれ」


トントンと叔父上自身が持ってきたクリスタルの瓶の蓋を指で叩いて、もう一度グラスに口をつけた。


「叔父上、当主代理を務めてくださってありがとうございました。これほど長引くとは思わず…」


「本当だよ。せいぜい十日位だって話だったからな」


そう言ってわざとらしくソファの背もたれにもたれ掛かり、疲れたそぶりを見せた。本気で不満に思っていないことが伝わってきたので、俺も笑って返した。


「ははは、すみません」




「いやぁ、それにしても成長したな」


一口、また一口と酒を飲みつつ叔父上がしみじみと言った。


「………アリアのことですか?」


「んー、そうだなぁ、アリアも成長したな。あの泣き虫な甘えん坊が王子妃だなんてな……でも、私が言ったのはお前のことだぞ」


「俺、ですか?」


「そう。急に当主代理だなんて言われてさ、これは面倒くさいと思ったわけよ。だって、兄貴が亡くなった後、どれだけ大変だったことか。お前達だって小さかったしなぁ…」


―――これは今回の労いだけでは済まないだろうか…


叔父上は、普段より饒舌に話しながら、空になったグラスを差し出した。


「これで最後ですよ」


注がれた酒をグッと飲んで、グラスを一旦テーブルに置くと、少し大袈裟な動作で腕を組んで俺を見た。


「ギルバート、私は過去のことを愚痴ろうとは思っていないぞ。今回のことだ」


成長したとの話だったが、何か不備でもあったかと少し心配しながら叔父上の話の続きを待った。


「予想外にお前の帰りが延びたからどうなることかと思ったんだが、これが意外と困ることがほとんどなかったんだ。書類はよく整理されていたし、普段から上手く人を使ってるから、お前が不在でも誰かが対応できるようになってるんだな。これが兄貴の場合は、全部自分で抱え込んでたもんだから、急に引き継がないといけなくなった時には、何をどう調べたらいいかから始めないといけなくて__」


話はまだまだ続きそうだった。そんなふうに褒められるのも照れくさい。


「叔父上、これ以上遅くなると、明日の朝帰れなくなってしまいますよ」


「おお、そうだな。明日こそはアカデミーに帰るぞ」


「今回は本当にありがとうございました。おかげでアリアの側にいることができましたから」


「それならよかった。当主代理なんて大仕事は遠慮したいが、困った時にはいつでも言うんだぞ」


「はい、ありがとうございます」


両親を亡くして不安に思いながらもここまでやってこられたのは、叔父上がいてくれたからだ。さっき褒めてくれた仕事のやり方も、叔父上がその下地を作り、俺に教えてくれたのだ。


心から感謝している――が、今、目の前にいるのは、やや面倒くさい酔っ払いだ。油断していたらまたとめどなく話し始めそうだ。


「叔父上、そろそろ部屋で休んでください。一人で戻れますか?」


「戻れるに決まっているだろう。そこまで酔ってないぞ」


―――こんなに陽気に酔っ払った叔父上は初めてだが…


「それならいいんです。では、また明日の朝食の時に」


「ああ、ありがとう。今日は楽しかったよ」


そう言って、叔父上は上機嫌に部屋を出ていった。




急に静かになって、さっきまでの叔父上の賑やかさに思わず笑ってしまった。


テーブルからグラスを持ち、また窓枠に腰掛けると残っていた酒を飲み干した。叔父上にきちんとお礼を言えたことと、自分の居場所に帰ってきたことを実感して安堵のため息を吐いた。


視線の先にある水面に映る月は、湖の真ん中辺りまで動いていた。

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