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青星の水晶〈下〉  作者: 千雪はな
最終章 魔術が復活した世界で
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11 | 平穏

春の初月。アリアの魔力が戻って半月ほど経った。


彼女の魔力については、僕らの側近や侍女らの他は、騎士団長のフィリップ兄上、アリアの兄のギルバート、叔父であり魔術に詳しいレイドナー教授だけが知っている。皆、魔術を使うのは僕だけとして、アリアは表立ってそれを使わないことに賛成した。


アリアの魔力を魔道具を使って調べてみたが、土の魔術を示す茶色の分量はかなり少なく、ほとんどが白の治癒の力を持つことがわかった。


___『治癒の魔法を多数の負傷者に一度に施すことは難しいのだろう。それならば、貴女の魔力を公に使うことは控えるように。ライナスに対してのみ、魔力でなければ対処できないと判断した場合に限って使うことを許可しよう。ライナスもそれでいいか?』


『はい』

『そのようにいたします』


アリアと共にフィリップ兄上に呼ばれ、今後のアリアの魔力の扱いについてそう言われて僕らは頷いた___




ユトレフィス公国での出来事により僕の周辺の警護が強化され、国内の黒魔術結社の騒動に関わった者達が捕らえられたため、アリアが治癒の魔法を使わなければいけないような事が起こる気配もなく、本当に平穏な日々が過ぎていた。


そうは言っても公務をはじめすべき事は絶え間なくあった。アリアも婚礼の準備などで忙しく、なかなか二人でゆっくり過ごす時間は持てない日が続いていた。せめてもの思いで朝食だけは一緒に取ることにはしているが。


「おはようございます、ライナス様」


早めに食堂に着いたので、お茶を飲みながら急ぎの書類を確認していたら、明るい声が聞こえて僕は顔を上げた。


「おはよう、アリア。今日は早いな」


アリアは落ち着いた色のドレスを(まと)い、髪も綺麗に整えられていた。普段の柔らかな色のドレスや緩めにまとめた髪とは違う雰囲気に、今日の彼女の予定を思い出した。


「王城に行くんだったな」


「はい、この後すぐに」


僕もアリアも食卓につくと、朝食が運ばれ、それを口に運びながら話を続けた。


「会場と衣装の確認だったか?」


「ええ」


「一緒に行けなくてすまない」


「ライナス様はお忙しいのですから、ここは私にお任せください。けれど、ほとんど王太子妃殿下が前もって決めてくださっているので、私がすることはほとんどないのですけど」


そう言って、アリアはふふふっと笑った。


僕らの婚礼の儀には、国内の主要な貴族達をはじめ、国外からも王族や重要な立場の人物が招待されている。当然、催される式典や宴は王家主催で、貴賓らをもてなす責任者が王太子妃のシルヴィアだ。今日はその会場とアリアの衣装の色や装飾の相性や調和の具合を確認すると聞いている。


「アリア、義姉上の好みに合わせる必要はないからな。ちゃんと自分の希望を言うんだよ」


朝食を食べ終わり、僕は席を立ってアリアの隣へと歩いた。アリアも口元をそっと拭い、立ち上がると僕を見て微笑んだ。


「大丈夫ですよ。シルヴィア様は私の衣装や好みを何度も確認してくださっているのですもの、きっと素敵な装飾を用意してくださっていると思いますわ」


アリアが楽しみにしている様子に、義姉上に任せて大丈夫だろうと思った。


「では、会場のことはアリアに頼む」


「はい」


アリアはにこやかに頷いた。




「そうだ、ひとつ伝えたいことがあるんだ」


僕は、今朝届いていた手紙のことに話題を変えた。


「どうされましたか?」


「チェスターが帰ってくると今朝連絡があった」


「本当ですか?ああ、よかった…」


黒魔術結社に連れ去られたアリアに魂を取り戻すために向かったユトレフィス公国の旧首都グレン=アーバーで大怪我を負い、傷が癒えるまでその地で療養を続けていたチェスターが、ようやく帰ってくることになったのだ。あの時は転移の魔術で一瞬で移動したが、怪我をした彼は置いてこざるをえなかった。険しい山々に囲まれたグレン=アーバーから公国の首都ユトレスまでの馬車の旅に耐えられるまでに回復したことにほっとしていた。アリアも同じ気持ちのようだった。


「ここへ戻ってくるまでにはまだ十日程かかるようだが」


「傷が癒えたばかりなのに、そんな長旅で大丈夫なのですか?」


アリアも帰国の途中で熱を出したのだから、心配になったのだろう。


「それなんだが、ユトレフィス側からここまでに行程に医官らを同行させたいと申し出があったんだ」


「国境までではなくてですか?」


僕も同じことを考えた。国境までではなくこの宮殿までとは、まるで王族に対するような厚遇に思えた。ただ、もし国境までであれば、王族ではない彼にレトーリア国内で医官が同行することはなく、不調になった時はその地で療養することになり、ここへの帰還は延びるだろう。


「何か体調に問題が出ても医官らが対処しつつ、できるだけ早くここへ帰ってこられるようにとの配慮だろうな」


「それでは、同行してくださる皆様をもてなす用意をしておかないといけないですね」


「ああ、その相談もしたいと思うんだが…」


「いつがいいでしょうか…」


お互いに詰まっている予定を思い出して、予定が合いそうな時はないかと考え込んだ。



「そういえば、今日の帰りは夕方だと聞いているが、会場の確認にそんなに時間がかかりそうなのか?」


「いえ、確認はすぐ終わるでしょうから、お茶会を用意してくださっているんです」


「義姉上とか?」


アリアは義姉上と上手くやっているようだが、一緒にお茶を飲むのは窮屈ではないかと心配になった。


「いいえ、お茶をご一緒させていただくのはキャロライン王女ですよ。シルヴィア様が、たまには息抜きもって仰ってくださって」


キャロラインとは、シルヴィアの娘だ。僕より一つ年上で、正しくは姪と叔父の関係だが、実際は完全に姉と弟――小さい頃は護衛騎士だといいように使われていたな。嫌なことを思い出した。


アリアは歳の近い王女に、王子妃教育では習わない王家での慣習を教えてもらうこともあるらしく、姉のように慕っていた。僕はやや苦手な相手だが、アリアの味方が王家に増えていくのは心強い。


「そうか、楽しんでくるといいよ。それで、少し早めに迎えに行ってもいいか?僕も午後には王城に行くんだ」


アリアから予定より早く退出を申し出るのは難しいだろうが、僕が迎えにいけば、早めに帰っても角が立たないだろう。


「そうなのですね。では、お待ちしていますね」


にっこりと微笑む彼女の腰をそっと抱き寄せ、額に口付けた。唇で感じる彼女の高い体温にも慣れて、その温かさに心地良さを感じていた。


ちょうど執事がやってきて、馬車の用意ができたと伝えてきた。


「さあ、馬車まで送ろう」


僕が腕を差し出すと、アリアがそっと手を添えた。エントランスへ続く廊下を歩きながら、彼女の体温を惜しむようにアリアの手の上に、僕の空いた方の手を重ねた。

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