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青星の水晶〈下〉  作者: 千雪はな
最終章 魔術が復活した世界で
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09 | 残りの魔力

僕は高熱を出して眠っているアリアの手を取りながら考えていた。


―――この熱を下げてあげられないだろうか


治癒の魔法で回復させるためには、不調の核を見つけてそこへ魔力を集中させる必要がある。


しかし、僕の中に感じられる魔力はごく僅かだ。大きな水瓶の底の、もう柄杓(ひしゃく)では汲むことができなくて残ってしまった水のようだった。


今はもう彼女の手から魔力もその容量も感じられない。手を繋ぐたびに僕に分けてくれたアリアの優しい魔力の感覚を懐かしくすら思った。


最後にアリアから分けてもらっていた魔力は、彼女の魂を戻す時に使い切っていた。その後、自分自身で魔力を作り出すのを感じられたが、今の量まで溜まるとそれ以上増えることはなかった。時間が掛かるだけで、もっとたくさん溜まるのではと思っていたが、そうではないようだった。


「はぁ、役に立たないな」


あまりに少ない魔力にため息が出た。


こんな量では回復できないどころか、不調の核を探すだけで魔力が尽きてしまうだろう。そしてこの量までまた溜まるまで何日掛かることか。


「はぁ…」


使い道のない魔力にもう一度ため息を吐いた。


「アリア、どうか良くなってくれ…」


僕は只々治ってほしいと祈りを込めて、そっと魔力を放った。それはアリアの手を握る僕の両手の周りを淡い光がふわっと包み、すぐに煙のように消えていった。



アリアの手を上掛けの中に静かに戻し、僕は立ち上がった。放った魔力の効果など当然無く、前髪を横に流して触れた額は変わらず熱いままだった。


体温の低い僕の冷たい手が気持ちいいのか、眉間に寄っていた皺が少し緩んだ。頼りない魔力より、この手の方が余程使い道があるらしい。いつまででも氷嚢(ひょうのう)代わりにここにいたいけど、僕も休まなければ。


僕が眠らず無理して倒れでもすれば、アリアは目を潤ませて怒るだろう。その前に「ちゃんと休め」とギルバートに寝台へ投げ飛ばされるだろうか。


いつも僕のことを気にかけ、何か間違えば心から怒ってくれる優しい兄妹の様子を思い浮かべてフッと笑ってしまった。


「おやすみ、アリア。また明日な」


彼女の額にそっと口付けて、僕は隣の自室に戻った。


 ◇ ・ ◇ ・ ◇


朝、目が覚めて身支度を終えると、アリアの部屋への扉をそっと開けた。


部屋にはエレンと交代した侍女が控えていた。確か髪結や化粧を担当しているソニアだ。アリアが眠っているため、静かに僕の側まで歩み寄り小声で話した。


「熱が少し下がったようです」


「本当か?」


僕は足早にアリアの寝台へと向かった。


まだ分厚いカーテンが閉められ薄暗いが、アリアの寝顔が昨晩よりも穏やかで、呼吸も楽になっているように見えた。僕は椅子に座り、彼女の頬に触れた。僕にとってはまだ熱いが、だいぶ下がっていた。


「ああ、よかった」



「………んっ」


僕の声のせいか、手が冷たかったのか、アリアの眉が小さく(しか)められ、そしてゆっくりと瞼が開いた。


「アリア!」


僕は思わず立ち上がり、アリアの手をぎゅっと握った。


「ライ…ナス様…?」


僕の名を呼ぶアリアの掠れた声を聞いて、涙が出そうになった。体を起こそうとする彼女を支えようと手を伸ばしたが、そのまま抱きしめた。彼女の肩に顔を(うず)めて、まるで子供のようだ。温かく柔らかな彼女がここにいると思うと、もう涙が堪えられなかった。


彼女の体調を思えば何処かで休ませるべきだったのに、僕の不安からそれができなかった。その結果、また彼女に辛い思いをさせてしまった。


後悔と申し訳なさが押し寄せてきた。


「無理をさせてすまなかった。すべて僕の我儘だった。本当に…、本当にすまなかった」


安堵からか情けないくらいに涙が溢れ、嗚咽でうまく言葉が出てこない。そんな僕の背中をアリアが優しく(さす)ってくれていた。


「ライナス様、そのように仰らないでください。私も何処かに一人残されたら、不安に押し潰されていたと思います。ここまで連れ帰ってくださってありがとうございます」


優しい彼女の言葉に顔をあげると、少し困った顔で微笑んでいた。僕があまりに泣くから困惑しているのだろう。


アリアはそっと手を伸ばして僕の頬の涙を拭ってくれた。




ソニアがカーテンを開け始め、部屋が明るくなった。


「眩しいっ」


ちょうど朝日がアリアの目線に入ったようで、ぎゅっと目を瞑って僕の胸元に顔を埋めた。そんな可愛らしい仕草に、ついさっきまで沈んでいた気持ちが嘘のように軽くなっていた。


「ははは、大丈夫か?」


アリアの顔が見たくて、彼女の両頬に手を添えて上を向かせた。暖かな茶色の(とろ)けるような瞳と僕の視線が合うと、心の奥底から温まるような………ん⁈


「アリア、瞳が…⁈」

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