07 | 帰路
ライナス視点のお話に戻ります
コトコトコトコト__と石畳の上を走る馬車のキャビンに、車輪の音が小気味よく響いていた。
ユトレフィス公国の宮殿前の広場は、特に丁寧に切り出された石が規則正しく並び、そこから大通りが東西へと伸びていた。
僕らを乗せた馬車は、レトーリアへと帰る道を滑らかに走り出したところだった。沿道は花で飾られ、集まった人々が僕らに向かってにこやかに手を振っていた。
開けた窓から入る風はひんやりとはするが、日差しは暖かく心地よかった。
僕とは反対側の沿道を向いて手を振るアリアを見ながら、僕は頬が緩むのを感じた。風に揺れる髪は、陽の光に透けて柔らかな飴色に輝いて見えた。
僕の視線を感じてか、もしくはただもう一方の沿道へ手を振ろうと思ってか、アリアがくるりとこちらへと振り返った。僕と目が合うとふわっと嬉しそうに微笑んだ。
「こんなに温かく送り出していただけるなんて、思ってもいませんでした」
すぐに目線は沿道へと移して手を振りながら、ほっとした様子でそう言った。
「ああ、そうだな」
僕も彼女の意見に心から同意した。
この国に来た時は、黒魔術結社をできるだけ刺激しないように最小限の人員で密かに移動していた。帰りも同様だと思い込んでいたが、アリアがアイヴァン公子に護衛の増員を希望したことで、公子からユトレフィス公国の兵による護衛の提案をされたのだった。
___『我が国の兵による護衛の口実としてお願いがあります』
アイヴァン公子が国境までの護衛を用意すると提案した後、そう言った。
『口実とは?』
僕は何を要求されるのかと身構えた。公子は少しだけ姿勢を正すと話を続けた。
『大公家の呪いの終結を宣言する場を設けたいと思っているのですが、それに貴殿らも立ち会っていただきたい』
『我々はどのように関わればいいのだろうか』
まだ黒魔術結社の残党の心配がわずかでも残っている状況で、表に立つことはできれば避けたい。特に自国ではないこの地でこれ以上アリアを危険に晒したくなかった。
『………』
僕が返事をできずにいると、公子は穏やかな口調で続けた。
『民衆の前に立って話をするのは我々ユトレフィスの者だけです。貴殿らにはパレードの形で今回の解決に貢献していただいたことをアピールさせていただきたい。
黒魔術を悪用していたのはごく一部の人間だけであることは、これまでの調査でほぼ間違いない。《闇夜の雫の集い》としては、他の宗教と同じく民の心の拠り所として機能している。膿は徹底的の排除するが、純粋な気持ちで集まる場所まではできれば潰したくない』
『それでユトレフィス公爵家として、民に向けて解決を宣言されると』
『ええ、それに貴殿らのパレードで花を添えていただけるのであれば、我々が大掛かりな護衛を用意することに不自然さはなくなるでしょう』___
公子の提案は我々の不安をよく理解したもので、十分すぎるくらい手厚い規模の護衛が計画されていた。
馬車を護衛するレトーリアの兵の前後に公国の騎士団が隊列を組み、沿道には衛兵がお互いに手の届きそうなくらいの間隔で立っていた。いずれの兵も華やかな正装をしていることで、物々しさはなく、ユトレフィス公爵家を長く長く苦しめてきた黒魔術の呪いから解放されたことへの祝意が民衆の表情から溢れていた。
パレードは首都の大通りだけと聞いていたとおり、大通りの端で装飾は終わり、沿道に立つ人もいなくなっていた。
公国の騎士団は、その規模を保ったまま国境まで護衛を続けてくれる。普段であれば過剰だと思うだろうが、帰国の準備をする間ずっと僕は不安な気持ちが心の隅で燻っていた。
医官はこの国へ来てから起こったことによる心労が重なったため、一時的に精神状態が不安定部なっているのだろうと言っていた。戦からの帰還兵によく見られる症状だとも。
―――安心できる環境に身を置くことで回復すると言っていたな…
パタン__
キャビンの窓を閉める音で僕はハッと我に返った。つい考え込んでいたことには触れることなく、アリアは僕が座面に置いた手に優しく彼女の手を重ねた。
僕は彼女の顔を見て微笑んだ。
アイヴァン公子の提案に沿って護衛が準備される様子を見るに従い、僕の心は徐々に軽くなっているのを感じていた。胸の奥がぎゅっと掴まれたような重く感じる息苦しさは消え、頬を緩ませてアリアの隣に座っていることが少し不思議なようにも感じた。
アリアは僕をじっと見つめていた。優しい光が彼女の瞳の中でキラキラと揺れている。その目が少し細められてから、彼女が話し始めた。
「こうしてライナス様と、一緒に…帰国することができて、よかった…です」
アリアのやけにゆっくりした話し方で思い出した。彼女はまだ呪いから目覚めて日が浅い。まだ体力が回復していないため、眠っている時間が長いことは医官から聞いていた。本当であればもう少し療養してから帰国すべきだろう。それを僕が半ば無理矢理一緒に連れ帰っているのだ。更にはパレード中はアリアが顔を向けるたびに上がる歓喜の声に応えて切れ間なく手を振り続けていた。
今にも閉じそうな瞼を一生懸命に開きながら、僕を見つめていた。
「…ライナス様、綺麗な、街並み…ですね。あの、あれは……えっと、ふふふ…どうしましょう…」
話をしてなんとか眠気に耐えようとしているが、どうにも耐えられなくなったようだ。目を閉じるたびに頭が横に傾き、そしてまた瞼を懸命に開けようとしていた。
「アリア、もう眠っていいよ」
僕は慌てて彼女の肩を抱き、頭を僕にもたれ掛けさせた。抱き寄せた手で彼女の腕をそっと摩ると、すぐに寝息が聞こえてきた。
まだ不安定な体調なのに、僕が不安を感じていたせいで彼女に無理をさせていた。
「すまない、アリア」
すっかり眠ってしまった彼女にそう呟き、僕の腕にもたれかかる頭に頬を寄せた。




