06 | 優しさに触れて(後編)
『優しさに触れて』は、アリア視点のお話です。
朝食を終え、私はライナス様と共に応接間でアイヴァン公子の向かいのソファに腰掛けていた。そして、ライナス様が護衛の補充について話をされているのを聞きながら、食事の前のことを思い返していた。
___早朝の散歩から部屋へと戻ると、ライナス様は私が倒れた後に起こったことを一つずつ話してくださった。
黒魔術結社によって遠隔で呪いをかけられたことや、私の魂が遠く離れた旧首都に連れ去られたためライナス様とチェスター様が助けに向かってくださったこと。その移動には古い転移の魔法が使われたと聞いた時は、背筋が凍る思いがした。こうして無事に戻ってこられたと知っていても、もしうまく転移できていなかったらどうなっていたことか。
『もう二度とそのような不確実な古い魔術に頼らないでくださいませ』
私は、思わず強い口調でライナス様に懇願した。
『ああ、約束する。転移はロバートも全力で止めると言っているから使いたくても無理だろうしな』
青ざめる私の頬を優しく撫でながら、ライナス様は笑いながらそう言ったのは、私ができるだけ不安にならないよう、あえて軽い口調で話してくださったのだろう。
『それで、…チェスター様は?』
なぜライナス様のお側にいないのか、まだ聞いていなかった。どこにいらっしゃるのか、無事で―――最悪のことも頭をよぎって私は思考を止めた。
『チェスターは、黒魔術結社の拠点に乗り込んだ時に僕を庇って怪我を負ったんだ。でも、すぐに手当を受けられたから大丈夫だ』
『無事…なのですね…』
ほっとしてソファに深く座り直して、私は立ち上がりそうになっていたことに気づいた。
その様子を見て、ライナス様も安心したように微笑んだ。
『ああ、さすがにどこに飛ばされるかもわからない転移で連れ帰るわけにもいかないから、旧首都の騎士団の施設で怪我が癒えるまで世話になっている。僕らとの帰国には間に合わないが、旧首都の医療体制は整っていたから心配いらないよ』
『そう…それならよかった…』
まさか私のために旧首都まで行っていたなんて。しかも大怪我を負うほどの攻防が起きていたなんて、想像もしなかった話に震えそうな手をギュッと握りしめていた。
ライナス様がここへ戻ってから私が意識を取り戻すまでの話も、ライナス様は私が心配しないようにか、できるだけ軽い口調で明るく話そうとされているようだった。それが却って彼が強く不安を感じてただろうことを窺わせた___
ライナス様の話を聞いて、なぜ彼が過度に私を心配するのかがわかった。旧首都の黒魔術結社の拠点は潰したが、遠隔の魔術やデイル・バルトリーが残した呪いがまだどこかに残っているかもしれない。それが再び私へと向けられるかもしれないと心配しているのだ。
一見、ライナス様の振る舞いからはいつもの通り、何か問題があるようには見えないけれど、心に負った傷は思ったよりも深いのかもしれない。些細なことで不安を感じ、日々の眠りも浅くなっているのかもしれない……
それなら、私に何かできないだろうか。ライナス様が私を守ってくださったことに見合うよう、私も何かライナス様にして差し上げたい。
そうして私は少し無理を言って、ライナス様がアイヴァン公子とお話しされる場にこうして同席させていただくことにしたのだった。
「わかった。貴殿らの帰国の際の護衛については、大公からも私の裁量に任されている。希望があれば遠慮なく仰ってください」
ライナス様は、チェスター様が抜けた分だけの最低限の人員補充の許可を求めた。それに対してアイヴァン公子が、何か希望をと仰った。
当然、それはライナス様に向けた質問だったが、私はこの好機を逃してはいけないと、ぎゅっと手を握り締めた。
「あの…」
「アリア殿、何かご希望でも?」
急に話に割って入ってきたことにアイヴァン公子は少し驚いた顔をしつつも、柔らかな笑顔で私を見た。私は、意を決したはずなのに、ついライナス様の方を見てしまった。
「まだライナス様に相談してないのですが…」
言い訳がましい言葉が口を衝いて出て、語尾が尻すぼみになっていた。
「構いませんよ。ここでライナス殿と相談してください。ライナス殿も同意されることで私達ができることなら、この場で決めることができますよ」
公子のその言葉に、私はやや縮こまっていた背筋を伸ばした。ライナス様も話を見守るように頷くのを見て、私は公子に考えていたことを話した。
「護衛をもっと増やしていただくことはできないでしょうか」
朝食の前に兄様は、ライナス様は影武者を使う際の鉄則に従い、護衛の規模は変えることはないだろうと言っていた。けれども、代わりの影武者はチェスター様ほどは似せることができないため、殿下は離れて行動する必要があるのだと。私は、ライナス様の御身をお守りするためなら仕方がないことではないかと思ったが…
___『それがなぁ……殿下はお前と離れるのが不安なんだろうな』
『えっ…?』
『お前に何かあった時に、離れていては守れないかもしれないって。まあ、殿下が不安で眠りが浅くなっている原因の一つだろうな。適当な理由をつけて、護衛を増やせばいいんだろうけど、殿下は真面目だからな…』
と、兄様はふっと私に意味ありげに笑った___
まるで私に何か考えろと言わんばかりのあの表情に対して出した私なりの答えが、アイヴァン公子に護衛増員を願い出ることだった。
「それは…」
ライナス様は、困った顔をしていた。
私だって、ユトレフィス公国が我が国の兵を迎え入れるためには手続きに時間が掛かることはわかっている。だから、公子に直接お願いをするためにここに同席させていただいたのだ。
私が不安だと訴えれば、きっと護衛を増やす理由になる。それをこの国第二公子であるアイヴァン様に直接訴えれば、承認の時間を短くできるかもしれない。急な調整をしなければならない方々にはご迷惑をかけるけれど、それでライナス様の不安が少しでも軽くなるのであれば、私が我儘な娘だと陰口くらいは、いくらでも言ってもらって構わない。ライナス様の評判に関わらない程度で収まってくれればとは思うけれど。
私は不安を訴えようとした。護衛を増やすだけでなく、ライナス様と共に帰国したいと。そのために、どうにか早く増員の兵の入国を――しかし、それよりも少しだけ早く公子が話し始めた。
「アリア殿に起こったことを考えると、不安に思われるのはよくわかります。だが、大幅な増員となるとさすがに私の一存で手続きを早めることは難しい。そこで提案ですが、我が国の兵を国境までつけましょうか」
私が考えていたのとは違うが、護衛が増え、ライナス様と帰国できそうな期待で思わず涙が滲んできそうになった。
アイヴァン公子はまるで小さな子供に向けるような表情で私を見てから、ライナス様へ向けて話を続けた。
「ライナス殿、いかがでしょうか。国境へ貴国の増員を呼んでいただくことはできますか」
この後の話は、お二人に任せてよさそうだと私はほっとした。
随分久しぶりの更新となりましたが、お読みいただきありがとうございます。
ゆっくりになると思いますが、きちんとお話を進めたいと思いますので、見守っていただけましたら嬉しいです。
千雪はな




