02 | 拭えない不安
アリアは暖炉の前のソファに座り、膝の上でぎゅっと手を握り締めていた。視線はその手に落として、僕の方からはその顔色は窺えなかった___
散歩をしていた庭から暖かな部屋に戻ると、僕はアリアに彼女が倒れて以降、何が起こったかを省くことなく順に話した。できるだけ感情は込めず、出来事を淡々と並べて。
『___それで、デイル・バルトリーの紋章が型押しされたあの本の裏表紙を燃やして…』
経緯を話しながら、僕はその時の不安を思い出していつのまにか下を向いていることに気づいた。
―――僕が思い詰めて話せば、アリアが心配するな
僕は顔を上げて、その先は少し口調を軽くして話した。
『貴女のところへ戻ったら寝台の上に姿が見えなかったから驚いたよ』
しかし、向かいのアリアも下を向いて、握り締めた自分の手をじっと見つめていた。下ろした髪も陰になり、その表情は窺えなかった。
―――泣いて…いる?やはりアリアには話さない方がよかったのではないか…
僕は立ち上がって、アリアの傍らでカーペットに膝をついた。彼女の固く握りしめられた手に、僕の手をそっと重ねた。
アリアはふぅっと息を吐くと、顔を上げた。僕の手を両手でぎゅっと握って、潤んだ瞳でこちらを見た。
「ライナス様、助けてくださってありがとうございました。こんなに大変なことが起こっていたなんて…」
「そうだな。まとめて話すと、余計に大事に聞こえるな。僕は無我夢中で、今となっては現実だったのかと思うよ」
僕は極力明るく話した。でも、アリアはキュッと口をつぐんで、僕の手を握る手にもう少し力を込めた。
「ライナス様が心配そうにされていた理由がわかったように思います。これだけ複雑で組織立った呪いの魔術が使われたのですから、まだ他に悪事を企む者がいるかもしれないですし、私に掛けられた魔術が完全に解けていないかもしれない。そう思われて心配されているのではないでしょうか」
「えっ、まだ魔術が解けていない感覚でもあるのか⁈」
アリアの言葉に僕はゾッとした。
「ライナス様、そのようなことはございません。私は、貴方様がそのように考えられても当然だと思っただけです。様々な拭えない不安が、ライナス様の心の中に残っているということでしょう」
「……ああ、その通りだ。解決したというのに、いつまでも後ろ向きな考えで情けない。すまない」
そう下を向く僕を、ふわりとアリアの腕が包んだ。彼女も床に膝をついて僕を抱きしめていた。
「謝らないでくださいませ。それほどまでにご心配をお掛けしたのは、私が不注意に呪術が施されたクリスタルに触れたのが始まりですから。
まだ何か起こるかもと不安に思われるのでしたら、その心配事を一つずつ教えてくださいませんか。私もその不安を知って、避けられるように注意いたしますので」
「………」
僕はすぐに返事ができなかった。アリアには不安を感じさせないように守る立場でありたいと思っている。それなのにその不安を彼女に渡してもいいものかと。
コン、コン、コン___
考えがまとまらないうちに扉がノックされ、対応したロバートが訪ねてきた男を部屋に招き入れた。彼はアイヴァン公子の従者だ。
部屋に入ったところで足を止め、こちらに一礼した。
「ライナス様、アイヴァン殿下より帰国についてお話をさせていただきたい旨を申しつかっております。朝食後すぐに応接室までお越しいただいてもよろしいでしょうか」
昨日、医官からアリアの体調が長旅に耐えられるまで回復したと認められ、準備が整い次第帰国をすることが決まった。旧首都で怪我を負ったチェスターがまだ動けずにいるため、代わりの者をレトーリアから呼ぶ必要がある。その許可をアイヴァン公子に求めていたのだが、僕が早く帰国したいのを知って急いで許可を出す手配を整えてくれたのだろう。
「ご配慮、感謝いたします。朝食後に伺う旨、アイヴァン殿にお伝えください」
「かしこまりました。それでは、後程お迎えに参ります」
公子の従者は丁寧に礼をして部屋を出ていった。




