01 | 早朝の庭で
早朝の静かな庭に出ると、城壁の上から差し込む陽の光が眩しくて目を細めた。
「綺麗な空の色ですね」
アリアのその言葉に空を見上げた。
下の方はまだうっすらと朝焼けが残り、徐々に澄んだ青へと変わるその色は本当に綺麗だとため息が出た。吐いた息がふわっと白く舞い上がった。
「アリア、寒くないか」
「はい、この外套のお陰で」
アリアは白いふわふわのファーがついた襟をキュッと締めて微笑んだ。
ただ並んで歩いているだけで、こんなに幸せなのかと頬が緩むのを感じた。
昨日、ようやくレトーリアへと帰る話が出た。早ければ数日後にここを発てるだろう。
安心して眠れるかと思ったのだが、今日もまた朝早く目が覚めてしまった。再び眠ることもできず時間を持て余していると、アリアも早くから起きていると聞いて、庭でも散歩しようと誘ったのだった。
アリアの解呪ができて安堵した一方で、僕はまだ不安を拭えずにいた。まだ黒魔術結社の残党が何処かから遠隔魔術を掛けてくるのではないか、また急にアリアが眠りに落ちてしまうのではないか――そんな悪夢を見ては夜中や早朝に目覚める日が続いていた。
「___、ライナス様?」
「ああ、すまない。どうした?」
話し掛けられていたのに、僕は上の空になっていた。アリアは心配そうに僕を見上げていた。
そして少し考え込んでから、僕の前に立つと、真っ直ぐにこちらを見た。
「ライナス様、きちんとすべてをお話しくださいませ」
「何があったのかは話しただろう?」
アリアには無用な心配をさせたくない。彼女が倒れて以降のことは、僕から話すと従者達には口止めしていた。そして昨日、彼女がだいぶ回復したのを見て、経緯を話したのだった。
「でも、すべてではありませんよね」
少し抗議の意をはらんだ視線を僕に向けた。
僕が昨日話したのは――アリアが黒魔術結社の遠隔魔術で倒れてしばらく目を覚まさなかったが、この宮殿の魔術調査班の協力で解呪ができて彼女が目を覚ました――と大まかな事柄だけだった。旧首都でのことやデイル・バルトリーの解呪の阻害については省いた。アリアはあまり納得していないようだったが、この国を出るまでは黒魔術結社に関する不安を煽るようなことは聞かせたくなかった。
「ギルバートが話したのか?」
「いいえ、兄様は殿下に伺いなさいとだけ」
―――それでは、僕が話していないことがあると言っているようなものじゃないか
僕は心の中で舌打ちした。
「すべて解決したんだ。レトーリアに戻ってからでもいいか?」
「嫌です」
そうきっぱり言われて僕は驚いた。
「アリア…⁈」
「ライナス様が、何か心配を抱えていらっしゃるのに、なぜだかわからないままは嫌です。政に関することでしたら伺いません。けれども、そうでないならお話しくださいませんか」
「話すって、何を…」
「では、チェスター様はどうされたのですか。いつもライナス様のお側にいらっしゃるはずなのに、今はどちらに?」
「あ…、えっと…」
アリアは僕の両手を取って、まっすぐな視線を向けた。琥珀のような暖かみのある蕩けるような茶色の双眸に僕の戸惑う顔が写っているのに気づくと、僕はふっと目を逸らした。
茶色の瞳――アリアの瞳は藍晶石のような深い青色ではなくなっていた。デイル・バルトリーの呪いから解放された後、高熱が下がると、瞳の色が元の茶色に戻っていることに気づいた。
そして彼女を押し潰しそうなほど溢れかえっていた魔力も消えていた。今繋いでいる温かい手からもまったく魔力が感じられない。
―――もう、アリアが魔力のために狙われることはないんだ
僕は心からほっとしていた。
「ライナス様!」
また考え込んでいるのに焦れて、アリアは膨れっ面で僕を呼んだ。繋いだ手をぎゅっと握り、じっとこちらを見て僕が話し始めるのを待っていた。
「はぁ……」
僕は観念して、大きくため息を吐いた。
「わかったよ、アリア。部屋に戻って話そう」
寒さで鼻の頭を赤くしたアリアは、少し安心したように微笑んだ。




