10 | 愛しい人の腕の中(前編)
『愛しい人の腕の中』はアリア視点のお話です。
暗くて狭い何かに閉じ込められている感覚だけがあった。何も見えず、自分の手足さえどこにあるのかわからない。何故こんなところにいるのかも。
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いつまでもこの闇に囚われたままかもしれないと絶望も感じ始めたころ、周りが青白い光に包まれて、ふっと私を閉じ込めていた何かから解き放たれた感じがした。
誰かが…呼んでいる?
そんな気がする方に気持ちを向けると確かに声が聞こえた。
私の名を呼んでいる。
その声に導かれるように私は進んだ。そして大好きなその人の名を呼んだ。
『ライナス様…』___
◇ ・ ◇ ・ ◇
ふと目を開けると、薄暗い中、見慣れない天井が見えた。体がひどく重い。頭の中も濃い霧に包まれたようにぼんやりとしていた。
少しだけ顔だけを動かして横を見ると、壁際に置かれた棚や柱の意匠から、ユトレフィス公国に滞在中であることを思い出した。
「ケイン様、何かございましたか?」
足元の方からエレンの控えめな声が聞こえた。
(エレ……)
彼女を呼ぼうと思ったのに、カラカラに乾いた喉からは声が出てこなかった。
窓の方を見ると、小さなテーブルの上に、水差しとグラスが置いてあった。
―――まずは水が飲んでから…
そう思って怠い体をなんとか動かして寝台の端まで移動して、そっと足を床へと下ろして寝台を支えにして立とうとした。
しかし、足に力が入らず、ペタンと床にへたり込んでしまった。
―――エレンはすぐ戻ってくるかしら
自分では立てそうになく、はぁ…とため息が出た。
―――私はなぜこの部屋で寝てたのでしょう…?
まだぼんやりとする頭で記憶を辿った。確か、明日の朝ここを発って、レトーリアに帰りましょうとライナス様と話をしていて……
その後のことがよく思い出せない。ライナス様と一緒に部屋を出たように思うけれど。
―――私、部屋を出て倒れてしまったのかしら。どれくらいの時間、眠っていたの…
私は寝台と窓の間の床に座り込んでいた。
改めて周りを見ても、寝台とその足元のあるソファの背もたれで部屋の様子はよく見えない。
―――先程までライナス様が休まれていた部屋とも違うわね
カーテンの隙間からは、夕暮れの空がわずかに見えた。
パタン…
静かに扉が閉まる音がした。
―――エレンが戻ってきたのね
私は立ち上がろうとした。でも、足に力が入らない。
と、その時――
「アリ…ア……」
―――えっ、ライナス様?
「は…い……」
なんとか掠れた声を出したが、あまりに小さくて届いていないかもしれない。なんとか立ち上がってここにいると伝えなければ。寝台を支えにしようと手を掛けたが、掴んだ上掛けがぎゅっと伸びただけだった。
―――もう少し上を掴めば…
腕も重くてなかなか上がらない。やっとの思いで寝台の上の方まで手を伸ばし、上掛けを掴んだ。
でもやっぱり立ち上がるのは難しそうだと思った時、バタバタと足音が聞こえた。
「アリアっ!」
そう呼ばれた瞬間、ぎゅっと抱きしめられた。
状況もよくわからないまま感じていた不安がすーっと溶けていき、戻るべきところに帰ってきたような安堵感に包まれた。
「ライナス様、どうかされましたか⁈」
護衛のケインの慌てた声が聞こえた。私の名を呼んだライナス様の声や足音で異変を感じて、待機していた前室から部屋の様子を見にきたようだ。
「ケイン、アリアが目覚めた。医官を呼んでくれ」
「はっ!」
「私も診察の準備を」
エレンもそう言って足音が遠ざかっていった。
私はまだライナス様に抱きしめられたまま、周りを見れずにいた。静かになり、皆、部屋を出ていったことだけはわかった。
「はぁぁ……」
ライナス様が大きく息を吐いて、私の頭に頬を寄せた。私を抱きしめているその腕から少しだけ力が抜けた。




