09 | 扉の先
デイル・バルトリーの紋章が型押しされた皮の裏表紙とそれを呪術の鍵とすると書かれた紙を燃やした裏庭から、僕はアリアの眠る部屋へと急いだ。
宮殿内の廊下を走ることはなんとか堪えたが、部屋の扉を開ける勢いは抑えられなかった。
バンッ!!
大きな音に、その先の前室の奥の方にいたケインが腰の剣に手をかけて身構えてこちらを見た。
「殿下⁈どうされたのですか!」
扉を開けたのが僕だとわかると、ケインは心配そうにこちらへ向かってこようとした。しかし、すぐに足を止めて後ろの扉をチラリと見た。
「アリア様に何か?」
「ケイン、何も無かったのか?」
僕の問いに、ケインがこちらへ向き直った。
「はい、異常なくこちらに待機しておりました」
「そうか」
「殿下…?」
「ケイン様、何かございましたか?」
奥の扉が小さく開いて、アリアの侍女のエレンが不安そうに前室へと入ってくると、そっと扉を閉めた。
「ああ、エレン。アリアはどうしているだろうか」
彼女の様子から、僕の気持ちは沈み始めていた。
「あっ、殿下。失礼いたしました」
僕に気づいたエレンが姿勢を正して頭を下げた。
「それで、アリアは?」
「はい、アリア様は穏やかにお休みになられています」
「そう…か……」
この扉を開けた時、ケインが前室で待機していたこと、エレンが何が起こったのかわからない様子で部屋から出てきたこと――アリアが目覚めていたらこの部屋は慌ただしくなっていただろうが、そのような様子がないことから、アリアに変化がないだろうことは感じていた。
今度こそアリアが目覚めるかもしれない期待は裏切られ、僕は落胆を隠せなかった。
「少し、アリアと過ごしていいだろうか…」
「はい、勿論でございます。私はこちらで待機しておりますので、何かございましたら、お呼びください」
エレンは扉を開けて頭を下げ、僕の入室を促した。
パタン…
僕の背後で静かに扉が閉められた。
部屋は分厚いカーテンが引かれ、棚やテーブルの上に置かれたいくつかの小さなランプの明かりがほんのりと部屋を照らしていた。
僕は奥の寝台に目をやった。
「えっ…?」
寝台にあるはずのアリアの姿が……無かった。
上掛けは明らかに平らで、彼女が隠れているようには見えなかった。少し皺が寄っているのは、そこにアリアがいたことを感じさせた。
―――侵入者か⁈
僕は周りを見回した。しかし、どこにも隠れられるような物はなく、カーテンが揺れていないことから全ての窓が閉まっているようだ。
―――まさか、デイル・バルトリーの紋章と共に、アリアも消えた……?
その考えに、僕は寒気を感じた。
絶望のような寒気だった。
「アリ…ア……」
掠れた声を絞り出すように、彼女の名を呟いた。
足の感覚もよくわからないが、なんとか寝台の方へと歩み寄った。
―――アリアはどこへ?どうしたら、取り戻せ__
「は…い……」
頭の中をぐるぐると巡る考えの合間に、何か聞こえた気がした。
―――寝台の方からか?
僕はそちらへ目を向けた。すると…
薄暗い中、手前のソファの背もたれの後ろ、寝台の向こう側から細い腕が上がってきた。その手が寝台の上掛けをぎゅっと掴んだ。
立ち上がるために支えとして掴んだように見えた。
「ア、アリア⁈」
僕は走り出していた。
ソファを回り込む間も惜しくて、部屋を直線的に横切りソファの背もたれを飛び越えた。そこには、寝台の陰で寝衣姿で床に座り込む姿が見えた。
「アリアっ!」
僕は床に膝をつくと、彼女を抱きしめた。




