07 | 呪詛の元(後編)
「青星の暦……」
「…えっ?」
「青星の暦528年 春の中月…」
「ライナス様?」
僕は周りの皆を忘れて、思い出した古い手記の書き出しを呟いていた。スコットから呼び掛けられて、ハッとした。
「スコット殿、我々が預けている資料は何処にあるだろうか」
「は、はい、お借りしている資料はこちらに」
スコットは困惑した様子で彼は僕を案内した。何を探しているのか説明するべきかもしれないが、僕も確信がなく、実物を確認することを優先した。
各調査員の机は本や資料で山積みになっている中、案内された机の上は整頓されていた。資料の様式で分けて並べられ、一枚ずつの文書、紐で閉じられた資料、山羊革の表紙の本――
「これだ」
僕は山羊革の表紙の本を手に取った。
押しの細工が施された革で装丁されたそれを僕らは《本》と呼んでいた。内容は、古代魔術師が書いたとされる手記だった。日付に始まり、その日にあった出来事、試した魔術、その魔術師の思いや覚え書きなど私的な記録が書き溜めてあった。普通であれば、手帳のような小さめの帳面に書くような内容だが、大判で豪華な外装から、手帳や日記帳と呼ぶのはどこか違う気がした。
「これ…ですか?」
「ああ。確か裏表紙に……やっぱりそうだ」
本を裏返すと、裏表紙の中央に紋章が型押しされていた。長い年月を経て革が劣化して見えにくくなっているが、デイル・バルトリーの紋章だ。
型押しされた模様が裏表紙にあることは知っていたが、その意味など考えたこともなかった。ただ、記憶の片隅に残っていたようで、旧首都の黒魔術結社の建物で紋章を見た時に感じた既視感は、これのせいだったのだろう。
「こんなところに…」
横からスコットの驚いた呟きが漏れ聞こえてきた。
僕は裏表紙を開いた。そこには、古代魔術語で一行書かれていた。
何と書かれているのだろうかと僕が疑問を口にする前に、古代魔術語が得意なニールが読み上げた。
「《これを我が希望の鍵とする》――そう書いてあります」
「…何が希望だ」
アリアの魂を攫い、解呪をしても目覚めることを妨げているこの呪詛の元に、僕は強い怒りを感じた。
「スコット殿、この一文と紋章を燃やしでもすれば、アリアは目覚めるだろうか」
「確証はありませんが、可能性はあるかと」
僕はその言葉を聞いて、鍵だという文が書かれたページと裏表紙をまとめて握って本から引きちぎった。そして、調査室の隅へと大股に歩き、暖炉へと投げ入れようと――
「ライナス様!お待ちくださいっ!」
慌てて呼び止めたスコットの声で僕は投げる寸前で手を止めた。
「何故?」
そう聞いた僕の声は、苛立ちを隠しきれずにいた。
「呪術が込められたものですので、火に焚べて何が起きるかわかりません。外で燃やしてもよろしいでしょうか」
「あ、ああ…そうだな。考えなく行動して申し訳ない」
「いえ、一刻も早く呪いを解きたいお気持ちはわかりますので。では、あちらから裏庭へ…」
◇ ・ ◇ ・ ◇
破り取った裏表紙を手に裏庭に出ると、開けた場所に簡易な休憩所が見えた。煤けた石で囲われた焚き火台があり、その周りにベンチが置かれていた。
「ここが使われるのは秋の終月頃までです。今の季節は焚き火があっても寒いですから」
焚き火台の前で部下に指示を出したスコットが、振り返って僕にそう説明した。
「ここなら建物からも離れていますし、火が大きくなっても大丈夫かと思われます」
確かに、この開けた場所なら、火が多少大きくても何処かに燃え移ることもないだろう。
「室長!」
焚き火台を挟んで少し離れたところにある倉庫から出てきた調査員が、こちらに大きな声で呼び掛けてきて、僕らはそちらを向いた。
「乾いた薪がないので、調理場に分けてもらいに行ってきます」
「ああ、よろしく頼む」
スコットの返答を受けた調査員は、「わかりました!」と言って建物の中へと戻っていった。
―――これを燃やしたら、アリアは目覚めるだろうか。もし目覚めなかったら、どこに鍵が。もしかしたら、ユトレフィスではなく、レトーリアにあるのだろうか。そうだとしたら___
「ライナス様、」
スコット呼び掛ける声で、いつのまにか考え込んでいた僕は、ハッと現実に引き戻された。
「何か?」
「ライナス様は、あの本がデイル・バルトリーのものだとご存知だったのですか?」
薪が用意されるまでの空いた時間を埋めるように、スコットが聞いてきた。
「いや、書いた人物は特定されていなかった。ただ、《青星の暦》と書かれているのが引っ掛かっていてな」
「青星の暦…ですか?」
スコットは僕の言葉がしっくりとこない様子で首を傾げた。




