09 | 残された魔法陣
カツン、カツンと僕の足音ががらんと静まり返った石のタイル敷きの廊下に響いていた。
僕は黒魔術結社の本部に立ち寄っていた。
あの日は深手を負ったチェスターが心配で何も確認することなくこの建物を離れたが、首都に戻る前に、一度自分の目で見ておきたかったのだ。
この後、騎士団の詰め所には戻らずに首都ユトレスへ転移するつもりで荷物を入れた鞄を肩から下げ、外套を羽織っていた。人気のない建物の中は暗く、寒々として、僕は外套の襟をギュッと絞って首をすくめた。
「この部屋に多くの魔法陣が残されていました」
礼拝堂の奥の扉から入った部屋は思いのほか広く、平机がいくつも並び、壁際の棚には書籍や書類を挟んだファイルがびっしりと収められていた。
僕を案内してくれている騎士団長のブルックが「こちらです」と渡してきたファイルを受け取り、中の紙束をパラパラと捲った。その上質な紙には、緻密な模様が描かれていた。そして、それらからは微かに魔力が感じられた。アリアから奪った魔力を何らかの方法で込めたのだろう。
「ここで魔法陣を描いたのだろうか」
机に一人ずつ座り、集中して魔法陣を描く様子が容易に想像できた。
「そうだと思われます。そして礼拝堂の祭壇で魔力を込める儀式が行われていたようです」
こんなことのためにアリアが倒れたと思うと、怒りが込み上げてきた。どこかにその怒りをぶつけたいところをグッと堪えた。
―――ここにアリアを取り戻す鍵があるかもしれない
ふぅっと息を吐いて心を落ち着け、再び手元の紙を確認した。
「ほとんどが同じだな…」
半分以上は狂いなく同じ模様が描かれていた。同じ目的に使われる魔法陣――
「ユトレフィス公家を呪うため…か?」
「はい、おそらくは」
ブルックは苦々しい顔で頷いた。
ブルックの黒髪と赤みを帯びた瞳は、彼がユトレフィス公家と血縁があることが察せられた。年齢を考えると、エレーナ公女を妹のように思うような関係かもしれない。長年、公女らが苦しんでいる様子を見てきた彼が、この呪いの準備に対して怒りを表すのはごく当たり前のことだ。
僕は魔法陣から顔を上げて彼に聞いた。
「その魔法陣は僕が預かっていいだろうか。アイヴァン公子や魔術調査班に見てもらいたいんだが」
「はい、私からもぜひお願いします」
「何かわかれば、ここにも報告が来るように伝えよう」
「ありがとうございます」
硬い表情のまま礼を言うブルックに僕は頷いた。
魔法陣を挟んだファイルを鞄にしまい、他の部屋も見て回った。会議室、食堂、そして司祭らの個室。どの部屋も使い込まれた家具が置かれた質素な部屋で、その雰囲気から気の遠くなるような長い年月、彼らの信じるものを受け継ぎ守ってきたことが感じられた。
―――彼らにとっては守るべき大切なものだったのだろうが…
だからといって、アリアを犠牲にすることは許すことはできない。
「ここは、取り潰すのだろうか」
一通り見終わって廊下を歩き、礼拝堂の入り口の前で立ち止まってブルックに聞いた。
開け放たれた扉の向こうは、あの日の争った跡が生々しく残っていた。壊れた木のベンチや所々についた血の跡は、少し鎮まっていた僕の怒りを再び湧き上がらせるようだった。
「そうなると思われます。中央の指示を仰いでからになりますが」
「それがいいだろうな」
過去の魔術師の恨みから始まった呪いを公家に向けてきた集団だ。そんな呪いを絶って、穏やかな未来が訪れることがこの国にとってもいいことだろう。
そう考えながら僕はふと顔を上げた。
「あれは…」
そう口にした僕の視線の先をブルックも見て言葉を続けた。
「デイル・バルトリーの紋章ですね」
礼拝堂への扉のアーチ状の枠に装飾の一つとして彫られた紋章――呪いを生み出した古代魔術師の紋章。どこかで見たことがある気がしたが、具体的には思い出せなかった。
―――これまで見た書類のどこかに描かれていたんだろう
◇ ・ ◇ ・ ◇
「ブルック卿、案内感謝する」
黒魔術結社の本部内の確認を終え、通りに出てから僕はブルックに礼を伝えた。
「ライナス殿、この先もお気をつけて。アリア様の無事も心よりお祈り申し上げております」
「ああ、ありがとう」
不安は拭えないが、社交辞令ではなく気持ちのこもったその言葉に心強さを感じた。
「では、参りましょうか」
ブルックら一団が転移ポートまで護衛としてついてくれることになっていた。
「よろしく頼む」
首都ユトレスへ戻る転移ポートへ。グレン=アーバーの石畳の道を歩きながら、思いはアリアへと向かっていた。
青星の水晶をお読みいただきありがとうございます。
少し久しぶりの更新となりました。書き溜めていたお話に納得がいかず、大幅に書き直していました。
結末はハッピーエンドで、と決めていますが、無理矢理にならないように焦らずお話を進めていきたいと思います。(書き直しを決めて消した時には、焦っていましたが…)
この先もお話の行方にお付き合いいただければ嬉しいです。




