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青星の水晶〈下〉  作者: 千雪はな
第1章 見えない敵
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03 | 休息と補給

「ライナス様、おかえりなさい」


扉を開けるとすぐに、窓際のテーブルに座ったアリアが顔を上げた。ぱっと立ち上がり、僕を出迎えてるためにこちらへ歩いてきてくれるのを見るだけで僕の頬が緩むのを感じた。彼女をそっと抱き寄せると、僕に向けられた笑顔に少し屈んでキスをした。


「今、ここへ向かう途中で広間に改装を見てきたんだ。順調なようだな」


「ええ、皆さん腕のいい方ばかりなのですよ」


「そうだな。綺麗な仕上がりだった」


僕の言葉に「そうでしょう」とアリアが得意そうな顔をした。


「それと、差し入れがすごく好評だったな。いい雰囲気なのは、きっとアリアのおかげだな。ありがとう」


「そんな、私は何も特別なことは…」


照れながらも職人達の言葉を伝えると、嬉しそうに笑った。




「それよりもライナス様、鍛錬を終えていらしたのですよね」


「ああ」


アリアはにこっと微笑むと、ごく自然に僕の指の間に華奢な指を滑り込ませ、手のひらをぴたりとくっつけた。そこから伝わるアリアの魔力は今にも溢れそうになっていた。


僕は魔力を自分の方へと流れ込ませた。温かく柔らかな魔力が僕を満たしていく。何度受け取っても、毎回その幸福感にいつまでも浸っていたい気持ちになった。


魔力が僕の許容量いっぱい近くになって、その流れを止めた。アリアの中の魔力はまだ半分以上残っていた。お互いに触れ合っていれば魔力量がわかるから、その受け渡しの終わりも口に出して確認することもない。


アリアはふふふっと笑うと、絡めていた指を解いて両手で僕の手を取った。目を瞑り、ふわっと白く淡い光が僕を包むとゆっくりとその光は消えていった。それとともに僕の疲れもどこかへ消えていった。アリアの治癒の魔法は、疲労感もあっという間に回復させてくれた。


「ありがとう、アリア。すごく楽になったよ」


「でも、無理はなさらないでくださいね」


少し大袈裟に言い聞かせるような顔をしたアリアを見て、僕は笑った。以前、僕が疲労で倒れた時に、魔法で回復してもらったらすぐに執務に戻ろうとして、彼女にすごく怒られたことを思い出した。


「ああ、そのために回復してもらったんじゃないからな」


「そうです。約束ですよ」


僕のことを心から心配してくれるのが伝わって、改めて愛しく思うと、僕は繋いだ手をグッと引いた。「わぁっ」と小さな声を上げ、倒れそうにこちらに引き寄せられたアリアを抱きしめた。


柔らかな彼女を抱きしめていると、気持ちの疲れも癒えていくようだ。


「はぁ……」


ユトレフィスの公子の訪問が決まってから、アリアは僕の補佐を一時離れて公子訪問の準備に集中してもらっている。執務に戻る時間が迫っているのはわかっているが、離れがたくなってきた僕はアリアをふわりと抱き上げた。


「きゃっ」とアリアが驚いて、また小さく声を上げた。急に引き寄せたり抱き上げたりする僕に抗議の眼差しを向けるその様子も可愛らしい。


僕はそのまま部屋を横切り、ソファに座った。アリアは僕の膝の上に。


「こんな、はしたない。下ろしてくださいませ」


頬を赤らめたアリアが、僕を真っ直ぐに見て怒っていた。深い青色の瞳が綺麗で見入ってしまいそうだ。眉間によった皺も、小さく膨らました頬も、きゅっと結んだ唇も、全てが愛しく思った。僕は彼女を再び抱きしめた。


「もう少しだけ……、もう少しだけこうさせてくれ」


執務に戻れば、アリアには夜まで会えない。チェスターに訴えても『夜には会えるじゃないですか』と言われるだろう。「はぁ…」とため息を吐いて、アリアの温かさをゆっくりと感じた。


「夜まで会えないのは…寂しいですね」


「えっ⁈」


僕は気持ちを口に出していたのかと驚いて顔を上げた。


「あっ、そんなこと言ってはいけませんね。ごめんなさい。忘れてください」


耳まで真っ赤にして慌てるアリアを僕はぎゅーっと抱きしめ、彼女の肩に顔を埋めた。


「はぁぁぁ……」


「……ライナス…様?」


「寂しいと思っているのが僕だけじゃなくてよかった…」


ほっとして力が抜けた。


「ふふっ、…ふふふふ」


アリアの笑う声が耳元で聞こえ、背中に回った手が僕を(なだ)めるようにトントンと優しく叩いた。


昨年婚約をしたすぐの頃は、まだ僕に対して遠慮していることが多いように感じたが、徐々に僕に甘えてくれるようになり、そしていつのまにかこうして僕を包むように甘えさせてくれるようになっていた。


今から半年後、春の終わりには婚姻の儀を行うことが決まっている。これからずっと隣にアリアがいて、こんな穏やかな時間を過ごせるんだな……と幸せに浸っていると「ライナス様」とアリアに呼ばれ、顔を上げた。


「ん、どうした?」


「夕食はご一緒できますか?」


「ああ」


「では、お待ちしていますね」


アリアの言葉、笑い声、体温、一つ一つが僕の心を満たしてやる気が出てきた。


「よしっ、夕食には遅れないようにする。行ってくるよ、アリア」


僕はアリアの頬に少し長めにキスをすると、アリアを膝から下ろし、立ち上がった。


「はい、いってらっしゃいませ」


微笑んで見上げるアリアに口付け、部屋を出た。


扉を閉める前にもう一度振り返ると、アリアはいつまでも名残惜しんでいる僕に呆れた顔を作ってから、楽しそうに笑って手を振った。

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