07 | 懐中時計
「本当にアリアの魂だろうか…」
興奮なのか、緊張なのか、懐中時計を持つ手が震えていた。
蓋の中央に埋め込まれた青色の透き通った石を改めて見ると、その中に小さな真珠のような光るものが見えた。弾けた水晶玉の中に見えたものと同じだ。ただ、とても小さいけれど…
「…殿下、」
チェスターの声で、はっと現実に戻った。
「すまない、すぐに続きを」
僕は、彼の肩の傷に再び手をかざした。
「いえ、私…は、大丈夫、ですから…早く…アリア様の元…へ、お戻り…ください…」
傷口はまだ大きく開いて、言葉も途切れ途切れに苦しそうに話しているくせに。
「何が大丈夫なものか」
もちろんアリアを諦めたくないが、幼い頃から僕の側にいて、成人してからは側近として僕を支えてくれているチェスターも大切な存在だ。こんな傷を負わせたまま残していくなんてできるわけがない。
僕が治癒の魔法をかけようとする手を、チェスターは頑なに遮って、痛みに顔を歪めながら首を小さく横に振った。そうまでして拒否をされると僕も強引にはできなかった。
「チェスター…、頼む」
少しでも治癒の魔法を受け入れてくれないかと呼びかけたが、彼はそれを拒む手を下ろそうとしなかった。
「失礼いたします」
僕らのやりとりの横から、控えめに声を掛けられて顔を上げると、がっしりとした体格の背の高い男が姿勢を正して立っていた。騎士団の制服を着ているその男は、肩章から責任ある立場であることが伺えた。
「ここグレン=アーバーにて騎士団長を務めておりますブルックと申します。レトーリア王国ライナス王子殿下であらせられますか」
「ああ、私がライナスだが」
本当なら、ここへ乗り込む前に騎士団の詰所に立ち寄って彼らの協力を得ておくべきだった。チェスターの傷の程度を思うと少しでも時間が惜しい今、事情を説明して助けを求めなければいけないのかと焦りを感じた。
「このような状況ですので、失礼を承知でご挨拶を省略させていただきます。私共の医官が後方におりますので、チェスター殿の手当てをさせていただいてもよろしいでしょうか」
「どう…」
どうしてチェスターの名を知っているのかと問おうとしたが、僕と逸れたチェスターが騎士団の詰所によって彼らをここに連れてきたと気づいた。
「ああ、よろしく頼む」
「かしこまりました」
すぐにチェスターの応急処置の指示が飛ぶのを聞きながら、僕は強張っていた体から少し力が抜けるのを感じた。
◇ ・ ◇ ・ ◇
僕は暗い部屋のソファに深く腰を掛け、背もたれに体を預けた。
「はぁ……」
大きく息を吐き、しばらく天井をぼんやりと見つめた。
チェスターの傷の手当てが終わり、用意された部屋に通された。僕も寝なければと寝台に転がってみたものの、寝付けずにいたのだった。
真夜中でも交代で起きている隊がいる騎士団の詰所では、遠くから人の気配はするが、普段なら寝られないほどの物音ではなかった。寝られないのは、おそらく僕の気が立っているからだろう。
「はぁ……」
気持ちを落ち着けようと、もう一度大きく吐いて目を閉じた。色々なことが頭を駆け巡り、不安が次から次へと押し寄せてくるが、一点だけ……
―――チェスターが無事でよかった
チェスターは黒魔術結社の礼拝堂で応急処置を施された後、ここグレン=アーバーの騎士団の詰所に運ばれた。傷の深部は僕の治癒の魔法で塞いでいたから、ここでの治療は表面的な縫合だけで、今後の経過も然程心配することはないだろうというのが、処置を終えた医官の話だった。
もちろん、僕自身も彼の状態に問題がないことを確認した。傷の深さを思い出すと、落ち着いたリズムで呼吸する様子に僕は心から安堵した。
___『ここの医療は首都と同じレベルです。ここは山に囲まれて孤立していますが、歴史的に公家の方々が定期的に訪問されるため、万が一の時にも最良の対応ができるように備えているのです』
そう騎士団長のブルックが話していた。チェスターの応急処置、そしてその後の治療にも立ち会い、ここの医官らを信頼して今後の経過を任せて大丈夫だろうと感じていた。
治癒の魔法をかければ回復は早くなるだろうが、アリアの魂を戻せる可能性に賭けて魔力を残しておくことにした。
―――あと数日だけ様子を見たら、僕は首都ユトレスの宮殿に戻ろう
僕は体を起こして目を開けると、ゆっくりと寝台に戻った。
仰向けに寝て天井を眺めながら、今後のことを考えた。
アリアの魂を戻すために必要な魔法陣は、アイヴァン公子が急いで用意してくれると言ってくれた。エレーナ公女の解呪の魔法陣より簡素で、数ヶ月かかるようなことはないらしいが、十日前後は必要だろうとの話だった。すぐに首都に戻っても、魔法陣が出来上がるまでは何もできずに待つしかないのだ。
それなら、ここでチェスターの回復をもう少し確認してもいいだろう。
僕は右へと寝返りを打った。寝台の横の小さなテーブルの上で懐中時計が淡い光を纏っていた。
手を伸ばしてそれを取った。
「アリア、もう少し待っていてくれ」
懐中時計の中心にはめられた石は、僕の呼び掛けに特に反応することなくただ淡く光っていた。
これが光が揺らめいたり、石の奥に見える真珠のような光の粒がわずかにでも転がるようなことがあれば、ここにアリアの魂があるとより信じることができるだろうが――
信じたい気持ちと不安の両方を感じながら、僕は懐中時計をそっと両手で包み込んだ。
「はぁ……」
もう一度息を大きく吐いて目を閉じた。




