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青星の水晶〈下〉  作者: 千雪はな
第5章 闇世の雫
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06 | 残りの魔力と祈りの光

礼拝堂のベンチの間を抜けて、黒魔術結社のこの施設を守る武器を手にした男達が迫ってきた。僕は、先頭から順に斬り倒した。


足元には僕を庇って深手を負ったチェスターが倒れている。少しでも早く彼に治癒の魔法をかけたいのに、敵は次から次へと(なだ)れ込んできていた。


―――魔術でまとめて倒すしかないか


チェスターのために少しでも多く魔力を残しておきたい。


自分の中に感じる魔力の残りと、横目に見えるチェスターの傷の深さ。迫ってくる敵にどれだけの魔力を使えるか。目の前の敵を斬り倒しながら、どう戦うかを素早く考える。


―――できるだけ引きつけてから…


剣を振りながら、いつでも水魔術を発せられるように意識を高めた。


―――まだだ


敵が前後左右に剣を構えていたが、その最後尾はまだ少し遠い。最前列の者達もジリジリと距離を縮めてきてはいるが、僕のここまでの勢いと怒気に、いつ間合いを詰めるかを計っているようだった。


――― もう少し……


そう思った時、


「全員、動くなっ!!!」


空気がビリッとする大声が礼拝堂に響くと同時に、ユトレフィス公国騎士団の兵が各扉から一斉に入ってきた。そして統率のとれた兵らが、狼狽えながら抵抗する男達を手際よく取り押さえた。


僕に剣を向けていた者達もすぐに捕縛され、礼拝堂の前室へと引き摺り出されていった。


「チェスター!」


僕は、意識なく倒れているチェスターに駆け寄り、床に膝をつくと、彼を仰向けにして両手をかざした。上着は血で真っ赤に染まり、肩から胸元へと大きく破れていた。


治れと念じながら、手のひらから放たれる白い光を傷の深いところへと向けた。顔からは血の気が失せ、浅い弱々しい呼吸に焦りを感じる。


―――チェスター、頼む。戻ってきてくれ…


強く念じて治癒の魔法をかけ続けると、次第に出血は止まり、少し頬に赤みが戻った気がした。すると今度は、眉をしかめて表情が歪んだ。


「うぅっ…」


「チェスター!今、治してやる」


僕の魔力では徐々にしか治癒できない。


―――アリアのように瞬く間に治して痛みもすぐによってやれたらいいのだが……


そう思って焦っても何も変わらない。チェスターには気の毒だが、しばらくは痛みに耐えてもらうしかない。僕は、ふうっと息を吐いてもう一度傷が深い所に意識を集中させた。




「んっ…、うっ……で…んか……」


チェスターの目がうっすらと開いた。視線はまだ定まらず、意識もはっきりしていないようだが、命の危機は脱したようだ。


「チェスター、大丈夫だ。もう少しだけ我慢してくれ」


―――魔力の残量は……


自分の容量の半分を切っているのを感じた。首都へ魔術での転移で戻るとすると、チェスターはまた(はぐ)れる可能性が高い。傷を負った彼をどこかに飛ばしてしまうのは避けたい。それなら転移は諦めて、その分の魔力も全て使って傷を治そう。馬車で数日かけて帰るのに耐えられるくらいまで回復させればいいのだ。


そう考えて治癒の魔法を続けようとした。だが、チェスターが震える手を伸ばしてそれを(さえぎ)った。


「殿下、私…は、十分です。魔力、を残して…」


チェスターは、アリアの魂を取り戻した後のことを心配してくれていた。


アリアの魂を取り戻したら、転移魔術で首都に戻り、用意されているはずの魔法陣で魂をアリアに入れ戻す。その予定だった。しかし……


「チェスター…、もういいんだ。………アリアの魂は……取り戻せなかった…」


認めたくない事実を口にすると、あの崩れゆく光の粒をもう一度思い出して涙が溢れそうになった。


「え…?アリア様の…魂が?」


「ああ、もう少しだったんだが……僕の目の前で、消えてなくなってしまったんだ…」


泣くまいと思っていたが、頬を涙が伝い落ちていくのを感じた。


「では…、その…光は……?」


まだ十分に治癒の魔法を施していないため、苦しそうにそう言いながら、チェスターは僕の胸元へと視線を向けた。


「…光?」


何を言っているのかと、自分の胸元を見下ろした。


上着の左胸の辺りが内側から淡く光っていた。


「えっ⁈」


僕は慌ててそこに手を当てると、内ポケットに入れていたものを思い出した。急いでボタンを外し、内ポケットに手を突っ込んで取り出したのは、懐中時計だった。


壊れて動かない懐中時計。


彫刻が施された蓋の中央には、一粒の透き通ったブルーの石がはまっている。アリアに渡したブレスレットと対になっている魔道具だ。お互いの無事を祈って石に魔力を込め、お守りとして持っていたのだ。


しかし込めた魔力はわずかで、石の中で微かに(もや)が揺らいでるのが見える程度だった。今のように上着の上からわかるほど光ることはなかったのに。


今は、淡くではあるが明らかに発光している。


「もしかして……アリアの魂が…⁈」


懐中時計を持つ手が震えていた。

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