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青星の水晶〈下〉  作者: 千雪はな
第5章 闇世の雫
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05 | 泡沫

アリアの魔力を閉じ込めた水晶玉をこの手で受け止められると思ったその時、それは泡沫(ほうまつ)のように弾けた。


水晶玉が割れるというより、水面に浮かぶ泡が壊れるように儚く――



僕は声もなく、呆然とそれを見ていた。


水晶玉に閉じ込められていた淡く光る青い(もや)がフワッと解き放たれ、天井に向かって昇るうちにすぅっと消えた。その靄の中心にあった真珠玉のような光も、ホロホロと周りから崩れ始めた。


ハッと我に返り、叫んだ。


「アリアっ!」


その小さな光がアリアの魔力を引き寄せるために抜き去られた魂だと直感した。


なんとかそれだけでもこの手で連れ帰りたい。僕は崩れゆく光の欠片を包み込もうと両手を伸ばした。


しかしその瞬間――


「うっ!」


光が急激に強くなり目を開けていられなくなった。



何度も瞬きを繰り返し、目が眩んで真っ白に飛んだ視界に徐々に物の輪郭が戻ってくると……


「そ、そんな………」


そこには薄暗い空間に差し出された僕の両手だけ。光の欠片はどこにもなく、僕の風魔術で蝋燭の火がすべて吹き消されていた礼拝堂には、窓からの月明かりが差し込む光の筋がはっきりと見えていた。




風が吹き荒れ、怒号が飛び交っていた礼拝堂はすべてのものが動きを止め、静まり返っていた。


―――嘘だ…


そう思いたかった。


もう少しでアリアの魂を取り戻せると思ったのに。手の届くところまで迫れたのに。


―――アリアを…守れなかった……


僕は力無く冷たい石の床にへたり込んだ。






どれほどの時間が経ったのか、(ある)いはまったく時間は経っていないのか、そんなことすらわからなくなっていた。


視界の端で淡い月光が金属に反射するのが見えた。


何者か、確認する気力もないが、僕を切りつけようと向かってきている。


―――僕も…剣を取らなければ……


そう考えはするものの、僕の視界には自分の剣は見当たらなかった。


振り上げられた敵の剣が僕へと迫っていた。


―――逃げなくては……


頭では自分の身を守らねばとわかっているのに、体はぴくりとも動かなかった。


―――もう……いいか………


アリアを守れなかったのに、どうしても自分の身を守らないといけないのか。僕はただ目を閉じて、自分に振り下ろされる剣の衝撃を待った。



ガキーンッ!!


僕の頭上で金属が激しくぶつかる音がした。


「殿下っ、ご無事ですか!」


聞き慣れた声に顔を上げると、ユトレフィス公国騎士団の制服の背中が僕を庇うように飛び込んできた。


「うぐっっ!」


無理な体制で受けた剣は、止めきれずにその肩へと振り下ろされた。


「チェスター!!」


転移で(はぐ)れたチェスターだった。膝から崩れる彼を、硬い床に倒れ落ちる寸前に両手で受け止めた。支えた左肩からは血が流れ出ていた。


「チェスター!」


もう一度名を呼ぶと、痛みに顔を歪めながら僕を見上げた。


「殿…下、遅く、なって…申し…」


「喋るな」


絞り出すように声を発するチェスターの横に落ちた彼の剣を握って、僕は立ち上がった。


チェスターを斬りつけた男は動揺していた。初めて人を斬ったのだろうか。剣を持つ男の手はガタガタと震えていた。


当然この男に怒りを感じているが、それ以上に自分に腹が立っていた。


―――『従者は何をおいても殿下をお守りします。殿下は最後まで生きることを諦めないように』


幼い頃から幾度も聞かされていた剣の師の言葉を思い出して唇を噛んだ。チェスターがこんな深手を負ったのは、この状況で無気力になった僕のせいだ。


頭が冷えて周りが見えてきた。


魔術で吹き荒らしていた風雨が止んで、締め出されていた衛兵らが礼拝堂へと(なだ)れ込み始めていた。


痛みに耐えながら苦しそうに息をするチェスターの傷に治癒の魔法をかけるには、まずは周りの敵を倒してからだ。


僕は静かに息を吐いて、目の前の状況に集中した。


「覚悟はいいか?」


低い声でそう言うと、腰の引けた男の方へと一歩踏み出した。


「うわぁぁぁー!」


男は闇雲にこちらに向かってきた。


僕は冷静にその剣を弾くと、男を斬り倒した。その勢いのまま、後ろにいた大柄の男へと剣を向けた――が、


「たっ、助けてくれっ…」


情けない声を上げて尻もちをつき、床を這うように逃げていった。やはり、衛兵とは名ばかりの素人の集まりのようだ。残りの者達も礼拝堂に並んだベンチのせいで一気には攻めてこれず、僕は二、三人ずつを相手に順に斬り倒していった。


しかしその人数も増えてきて、次第にベンチの上を乱暴に越えてくる者も出てきた。


―――くっ、早くチェスターを治したいのに!


視界の隅には血を流して倒れるチェスターが。いくら素人ばかりでも徐々に自分の息が上がるのを感じていた。


―――ギリギリまで引きつけて、まとめて魔術で倒せるか?


扉の向こうに見える敵の最後尾と、自分の中に残る魔力量を天秤にかけながら目の前に迫った相手に剣を振り下ろした。

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