04 | 風の守り、水の攻撃
僕は魔術で風を巻き起こすと、祭壇近くの扉を勢いよく閉めた。
祭壇の上にあった水晶玉を手にした女は腰を抜かしたようにその場にへたり込み、恐る恐る僕の方を見た。水晶玉は落とされることなくその女の手の中にあるのを確認して、僕は少しほっとした。
その水晶玉は、今も淡く青く光を放っていた。アリアの魔力を閉じ込めている――僕の直感だが、彼らの行動からそれは間違いなさそうだった。
僕は風を更に操り、横や背後の他の扉も閉めた。壁に沿って吹かせた風の魔術は、僕が意識を向ける限りは止まない。
ドンドンとあちこちから乱暴に叩く音がしていた。駆けつけた衛兵らが、風圧で開かない扉の向こうで騒いでいるのだろう。
「司祭様、何事ですか!」
剣を持った衛兵が数名だけ、扉が閉まる前に礼拝堂に入っていた。
「騎士を装った盗賊だ!早くそいつを倒せっ!」
司祭と呼ばれた黒髪の男が、僕を指さして怒鳴ると、フードを目深に被って僕に背を向けた。
ゾワっと背筋が寒くなった。
その黒いローブ姿が、いつか悪夢に見た光景に重なった。アリアに向かって迫っていく不気味なあの男――背格好は多少違う気がするが、今日初めて目にしたこのローブは悪夢の中の物に酷似していた。
―――黒魔術が僕に見せた未来だったんだろうか…
しかしこの男も含め、黒いローブを着た者達は武器を持たず、戦うことはしないようだ。衛兵らの陰に隠れるように、部屋の隅へと逃げようとしたが、吹き荒れる風に右往左往していた。
衛兵らは、剣先を僕へと向けて間を詰めてきていた。細身の剣と革の鎧で武装はしているが、隙だらけの素人だ。訓練を積んだり、戦闘の経験がある者を雇ったわけではなく、この結社の中で多少剣の腕が立てば衛兵として武器を持たされているのでかもしれない。
―――祭壇側に二人、背後に三人か
僕も剣を構えながら敵との距離を測った。
前後の敵を感じながら、自分の魔力の残量にも意識を向けた。出発前にほぼ一杯まで満たされていた魔力は、転移とこの風の魔術で二割ほど減っていた。帰りの転移とアリアの解呪に三、四割は残しておく必要がある。
―――少ない魔力で効果的な攻撃を…
僕はジリジリと近づいてくる敵の位置をもう一度把握した。できるだけ引き付けて――奴等の顔を目掛けて氷の礫を放った。
「痛っ!」
「うわっ!」
「何だ⁈」
間違いなく初めて受けるであろう攻撃に怯んだ敵に、僕は一気に間を詰めて切りかかった。
ギャァッ!
男達の叫び声が礼拝堂の高い天井にこだました。
まずは背後の三人を切り倒すと、すぐに祭壇の方へと向き直った。対峙する二人は腰が引けた様子で後退りした。
僕は左手を前へ突き出しながら一歩ずつ前へと進んだ。相手もそれに合わせて後退る。
視界の端で女が、床にへたり込んだまま壁際まで移動していた。そして風に逆らって扉のノブに手を掛けようとした。
「動くなっ!」
僕は扉に向かって水の塊を放った。それは扉にぶつかると氷となって広がり、扉と壁の間は凍って封をされた。女は「ひっ…!」小さな声を上げて手を引っ込めた。
衛兵の二人も凍った扉へと呆然と見つめ、構えた剣が下がっていた。
―――こんな時に僕から視線を外すなんて、本当に素人なんだな…
一気に距離を詰めると、男達の首元に剣の柄を力一杯振り下ろした。
ぐったりと倒れた衛兵達を跨ぎ、水晶玉を抱えた女の方へ歩き始めると、僕より近い位置にいた黒髪の男も女に駆け寄った。
「それを貸せ!」
男は、女がおずおずと差し出した淡く光る水晶玉を乱暴に奪い取った――――――が……
「あっ」
男の口から小さな声が漏れるとともに、僕が放った水魔術の飛沫で濡れた水晶玉は男の手から滑り出し、宙へと弧を描き始めた。
「あぁっ…!」
僕も走り出し、水晶玉に向かって黒い石のタイルの床を蹴って飛びつこうとした。
―――届けっ!
腕を伸ばし、指を目一杯伸ばして水晶玉を目で追った。
―――届く!
なんとしても水晶玉をこの硬い床には落とすまいと手を伸ばした。
落ちてきた水晶玉は――無情にも僕の指先を掠めていった。
カツ…ンッ!
硬い音が天井の高い礼拝堂に響き、水晶玉は割れることなく石の床の上で大きく跳ねた。
床に倒れ込んでいた僕は慌てて立ち上がって水晶玉を追った。再び落ち始めた水晶玉を、今度は確実に受け止められる位置で両手を揃えて待ち構えた。
水晶玉は僕の手のひらの上へ――
パチンッ……
受け止める寸前に、まるで石鹸の泡のように水晶玉がはぜた。




