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青星の水晶〈下〉  作者: 千雪はな
第4章 因縁と対峙
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10 | 魔力の行方

「えっ⁈……は?」


アリアの魔力が戻ってきていると思った矢先、それがふっと消えた。魔力が回復すれば、アリアの意識も戻るのではと思っていたのに。アリアの手を握る僕の手が細かく震えていた。


「アリア?…ど、どうして⁈アリア!」


「殿下、どうされましたか!」


異変を感じたチェスターも駆け寄ってきた。


アリアの魔力が急になくなったのだと、もしかしたら意識が戻るかもしれなかったのだと言おうとした――が、僕はぐっと唇を噛んだ。


感情のままに訴えても何も解決しない。まずは状況を見て整理しなければ。いつもならできるはずのことが、アリアのこととなると冷静さを失っていた。


「ふぅぅ…」


僕は息をゆっくりと吐いて気持ちを落ち着けた。


「いかが致しましょうか、殿下」


チェスターも僕の心境の変化を察して、考えがまとまるまで待ってくれるようだ。




さあ、何から手をつけるべきか。


なぜアリアは魔力を奪われたのか。


どうしてアリアは目覚めないのか。


重ねていたアリアの手をもう一度両手で優しく包んでから、そっと離した。


僕は近くのテーブルへと移り、そこに置いていた遠隔魔術についての資料をめくって、急いで読み返した。手掛かりになりそうなものを探したが、核心をつく記述は見当たらない。


何か見落としているのか。


資料を最後まで目を通し終わると、テーブルの上でトントンと揃えた。一枚目には魔力を遠隔から引き寄せる手順が書かれていた。


この資料――遠隔魔術についての資料をアイヴァン公子が翻訳した___


僕は彼がこの資料を説明した時を思い返してハッとした。


―――魔法陣か?


魔法陣の緻密な模様には当然意味がある。それぞれの模様の意味がわかれば、魔術によって何が起こったのかわかるのだが、今回その魔法陣の注釈の翻訳は省略したのだった。その次に書かれていた解呪の方に意識が向いて、気にしていなかったのだが…


翻訳した資料を見返しても、魔法陣の詳細な記述はやはりなかった。原本は、解呪の魔法陣を作成してもらうために公子に渡して手元にはない。


僕は立ち上がってチェスターの方を向いた。


「アイヴァン公子に預けた遠隔魔術の資料の原本をもう一度確認したい」


「では、見せていただけるよう確認をして参ります」


「ああ、頼んだ」


チェスターはすぐに部屋を出ていった。


 ◇ ・ ◇ ・ ◇


「ライナス様、こんな所まで足を運んでいただき申し訳ございません!お伝えしたいことがございまして、私もお伺いしたいと思っていたところでした」


遠隔魔術の資料の原本を見たいとアイヴァン公子に伝えてもらうと、公子はすぐに時間が取れないからと従者が僕を魔術調査室に案内した。


そこでは、室長のスコットと名乗る者が待っていた。細身で眼鏡をかけ、宮殿の従者の制服の上に黒いガウンを羽織った姿は、いかにも学者の風貌だ。


スコットに促されて魔術調査室に入ると、そこは天井までの本棚に囲まれた広い空間だった。調査員がそれぞれ座る机は、僕の背より少し低い棚で程よく仕切られていた。


「元は書庫ですか?」


「はい、その通りです。書庫でエレーナ殿下の呪いについて調べているうちに、ここに調査班ができて常駐するようになりまして」


そう話しながら、他より大きな机へと歩いた。スコットの席のようだ。彼は、山積みになった大量の書類や書籍の上に乗っていたあの遠隔魔術の資料を手に取った。


「ライナス様がご覧になりたいと伺ったので、私も確認を___」


「それで、アリアの抜き取られた魔力は今どこに?」


僕は思わずスコットが話し終える前に、自分が聞きたいことを口にしていた。


「えっと、それは闇夜の雫の集いの本部に」


「旧首都のですか?」


「本部の場所をご存知なのですね。魔法陣に書かれた座標が本部を指していますので間違いないかと」


「そう…ですか……」


旧首都ならかなり遠い。山脈を超えたさらに向こう……僕の気持ちはまた沈んでいった。


「あの…、魔法陣からわかったことがあるのですが……」


スコットが言いにくそうにしていた。


「何でしょうか?悪いことだとしても教えていただきたい」


「でしたら…、アリア様に掛けられた魔術ですが、それでは魔力そのものを抜き出すわけではないようです」


「え?」


「魔術で人から魔力を取り出すことはできないようで…」


「取り出せない?」


では何故アリアの魔力は無くなったんだ。


「はい、魔力は宿っているその人の魂と深く結びついているのです。直接触れ合うことで受け渡すことはできますが、それを遠隔から魔術で行うことはできないということのようです」


その説明に嫌な予感がした。


「……では、どのようにアリアの魔力は抜き取られたのだろうか」


その答えは大体想像がついていた。それを聞きたくないような気もした。しかし…


「魂に引き寄せさせたのです」


―――ああ、やはりそういうことか……


黒魔術によって、魔力ではなく魂を抜き取られていた。まるで人形のようなアリアを思い出すと、この結論は受け入れたくはないが納得できるものだった。


「はぁぁぁ………」


僕は長いため息と共に額に手を当てて項垂(うなだ)れた―――と、その時、


「室長〜、ちょっとこれ見てください」


どこからか気安くスコットを呼ぶ声が聞こえて、僕は顔を上げた。棚の向こうから栗色の癖毛の調査員と思われる男が顔を出した。


「あっ、来客でしたか。申し訳ございません」


僕がいることに気づいて態度を改め「また改めます。失礼いたします」と立ち去ろうとしたが、分厚い本と一緒に僕がアイヴァン公子に預けた風景画を手にしているのに気づいて、慌てて呼び止めた。


「待ってくれ!」


「は、はい」


その男は、急に呼び止められて驚いて振り返った。そして、まだ僕が何者かを測りかねる顔をしていた。


「私はレトーリアのライナスという。その絵の確認をアイヴァン殿に頼んだ者だ。何かわかったことがあるのなら、聞かせてもらえるだろうか」


「ライナス王子殿下でいらっしゃいましたか。私はここの調査員をしておりますニールと申します。早速ですが、こちらをご覧ください」


と手にしていた本を広げようとしたが……


「えっと…、あちらでよろしいでしょうか」


目の前のスコットの机にはその本を広げるスペースはなかった。


「ああ、よろしく頼む」


僕は特に気にせず近くの空いていた四人掛けの丸テーブルへと歩き出したが、隣に立っていたスコットは、ばつが悪そうな顔で頭を下げた。


「申し訳ございません…」


「だから室長、片付けたほうがいいですよって、いつも言ってるじゃないですか」


スコットの机の乱れ具合は、室長という立場ではあるが、実際の調査も他の調査員と同じように担っているのだろう。性格もあるだろうが、忙しくて片付ける暇がないのだろうと思われた。


ニールは普段から小言を言っているのだろう。小声で叱られているスコットを見て、ふっと笑いが漏れた。


自分の笑うのを聞いて、すっと気持ちが冷めた。ここにアリアがいたら彼女も一緒に笑っただろうなどと、ついそんなことを考えて心の奥がずんと重くなったのだった。




「ライナス様?」


ニールの呼び掛けに、ハッと我に返った。


「ああ、すまない。話を聞かせてもらえるだろうか」


気を取り直して、テーブルの向かいに座るニールに問いかけた。


「はい、この絵ですが___」


そう言いながら石畳が描かれた絵を僕の方に向けて置き、説明を続けた。


「転移ポートだと思うのです」


「転移ポート?」


僕は聞きなれない言葉をただおうむ返しした。

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