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青星の水晶〈下〉  作者: 千雪はな
第4章 因縁と対峙
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09 | アリアの魔力

レースのカーテンが風に揺れ、やわらかな陽の光がアリアの寝台にも届いていた。僕はその傍らに座り、翻訳された資料に再度目を通していた。


時々顔を上げては、アリアの額や頬を撫で、艶やかな髪に指を通しながら。


―――魔力が吸い取られるとして、なぜアリアは眠ったままなのだろうか


せめて目覚めてくれたら…


あの少し頬を染めて微笑む顔が見たい。怒った顔でもいい。


声が聞きたい。また僕の名を呼んでほしい___


「アリア……僕は君なしではもう耐えられないよ…」


僕は(すが)るようにアリアの手を取って自分の額につけた。鼻の奥がツンとして涙が出そうになるが、必死に(こら)えた。


―――こうして気持ちが沈むのは、黒魔術のせいだ


僕は資料を脇に置いて、アリアの右手を両手できゅっと包み込んだ。その手はひんやりとしているが、ほのかには温かい。まだきっと間に合う。諦めたらだめなんだと自分に言い聞かせた。



包むように握っていた手を解き、手の甲から人差し指を辿り、形の良い爪を撫でた。いつからこんな感情を(いだ)くようになったのだろうかと不思議に思うほど、指の先まで愛しく思った。


その指先に軽く口付けると、今度は彼女の手のひらに自分の左手を滑り込ませた。手のひら同士がぴたりとくっつくと、なんだかホッとした。


アリアはこうして何度も僕に魔力を分けてくれた。今はもちろん彼女から魔力を貰い受けることなんてしないが。


―――あんなに溢れかえるほど魔力があったのに、今では空っぽで………ん?


「空…っぽ…じゃ……ない⁈」


アリアが倒れた直後は、間違いなく魔力がほとんど感じられないほど少なくなっていた。それ以降は、魔力を奪われたことをわざわざ確認したくなくて、手のひらを合わせることはなかった。


その魔力が増えている。アリアの容量に対しては一割にも満たない量だが、確かに倒れた時より増えているのだ。


―――アリアの魔力は戻ってきてるのか?


僕の心臓がドキンドキンと高鳴っていた。


「チェスター、医官を呼んでくれ!アリアの体調を診てもらいたい」


 ◇ ・ ◇ ・ ◇


医官の診察を受けたが、アリアの体調に特に変化はなかった。呼吸も脈も弱く、体温も低いままだった。


___『アリア様の魔力が増えているのでしたら、これから何か変化があるのかもしれません。診察の頻度を増やしますので、殿下もお気づきのことがあれば、いつでもお呼びください』


僕は昼食を終えて、アリアの部屋へと廊下を歩きながら医官の診察後の話を思い出していた。


―――何も変わりはないが、好転の兆しかもしれない


そう思えるだけで僕の頬は緩んだ。




アリアの部屋の扉を開けると、いつもより窓からの陽の光が明るい気さえした。


廊下からの目隠の衝立(ついたて)を回り込むと、アリアの寝顔が見えた。もしかしたら目覚めていないかとのわずかな期待は、ただの期待でしかなかったが……



「アリア、昼食を食べてきたよ。今日のサラダの彩りが良くて、きっとアリアが好きだと思ったんだ。それから…」


僕はアリアに他愛もない報告をした。ギルバートに投げ飛ばされるように寝かしつけられって以降、食事と睡眠はきちんと摂ることを約束していた。


___『あいつが心配してるだろうから、ちゃんと食べて寝ていることを話してやってくれ』


ギルバートにそう言われて、アリアに報告をし始めたのだが、アリアに対してなら僕が誤魔化さずにやることを見透かされて、なんだか(しゃく)に障った。



僕はアリアの手をそっと掬い上げ、自分の手のひらを重ねると、アリアの魔力を感じてホッとした。先程の倍程度まで増えただろうか。


―――これなら夜までには半分を超えるかもしれないな


常に溢れかえった魔力で押し潰されそうになっていたのが懐かしくも感じた。


―――また溢れる分を僕が引き取らないといけないかな


未来が少し明るくなったように感じた。


が、その時――


ヒュッ


かすかな風を感じた途端、アリアの魔力が消えた。

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