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青星の水晶〈下〉  作者: 千雪はな
第1章 見えない敵
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02 | 殿下からの差し入れ

鍛錬から戻り、汗を流してさっぱりした気分で廊下を歩いていた。鍛錬と治癒で魔力が残り少なくなった僕は、アリアに補充してもらうために自室へと向かっていた。


―――僕も自分で魔力を作り出せるようになればいいんだが……


魔力を使い続けていれば、そのうち自分の中からも湧き出してくるかもと思ったこともあるが、その兆しは全くなく、減ったらアリアに補充してもらうのが日常になっていた。


アリアにとっては溢れた魔力は重くのしかかるような感じらしく、僕がその重苦しさから救ってやれるのなら、自分で魔力を作り出さないのも悪くないとは思うが。




歩いていると、宮殿内の一角を改装する職人達の様子が見えた。ひと月後に隣国のユトレフィス公国からの訪問の予定があるためだ。


第七王子の僕を指名するなんて初めてのことだが、おそらく僕が魔術を使えることを知って、何かしらの目的があるのだろうと思われた。訪問の希望を伝える書状には、できれば静かな場での会談をと書き添えられていたため、王城ではなく、このセレスティレイ宮殿に会談と滞在のための部屋を用意することにしたのだった。


「あの者が責任者だろうか」


大広間の入り口に立つ書類の束を手に改装作業の指示を出している男を見て、チェスターに聞いた。


「そうだと思われますが、今回はアリア様が管理されるため、私共は顔合わせをしてないのです」


「そうなのか」


確かに、兄達の妃方も婚約後は来賓をもてなしていたのを見聞きしていた。だからアリアがその役割を担うのは自然なことだ。ただ、初めてもてなす相手が国賓というのは、アリアに大きな負担になっていないか心配になった。



僕は改修作業をしている部屋へと近づいていった。


入り口に立つ男が僕らの足音に気づいて振り返ると、深くお辞儀をした。


「殿下、このような場にお越しいただきまして。何かございましたでしょうか」


「いや、通りがかったから様子を見にきただけだ」


「左様でございますか。今のところ順調に準備を進めております。アリア様から頂いた指示の内容が的確でして」


「そうなのか」


「はい、このように」


こちらに向けられた書類には、内装やカーテン、家具の色や配置の指示が簡潔に整理されて並んでいた。そして室内は天井と壁の装飾が半分ほど進んでいることがわかった。


この宮殿の伝統を受け継ぎつつ、迎える公子に配慮した配色や模様のモチーフの選定……


―――いつの間にここまで調べていたのだろうか。


もちろんアリア一人ではないだろうが、それらの情報を集めるだけの助けを得られる環境を作っていたことに驚いていた。


「……殿下、どこか問題でも…」


僕が黙っていることで不安にさせたようだ。


「いや、指示に沿って確実に施行されている。このまま進めてくれ」


「はっ、かしこまりました」


再び深くお辞儀をした男に「手を止めて悪かった。説明ありがとう」と軽く礼を言い、その場を離れようとした。


「あっ、殿下」


何かを思い出したように呼び止められ、僕は振り返った。


「ん、どうかしたか?」


「毎日、私共に差し入れをご用意くださりありがとうございます」


「………?」


「アリア様が、殿下からの労いのお気持ちと仰って軽食やお菓子をお持ちくださるのです」


近くにいた職人の数人が帽子を取り、手が離せない者もこちらに笑顔を向けていた。『殿下(ぼく)からの労い』と言っているが、アリアの配慮であることは、ここにいる者皆がわかっているのが伝わってきた。


「そうか。皆に喜んでもらえたら用意したアリアも嬉しいだろう。完成までよろしく頼む」


「「はい、かしこまりました」」


職人達の明るい声が重なり、僕もつられて笑った。




「さて、時間がなくなる前に部屋に戻ろう」


僕は少し早足になっていた。後ろに続くチェスターが、小さく笑った。


「なんだ、チェスター」


アリアに早く会いたい気持ちを見透かされて、照れを隠すようにぶっきらぼうに言葉をぶつけた。


「いえ、殿下のお気持ちを微笑ましく見守っているだけでございます」


「なんだか腹立つなぁ…」


「それにしても、素敵なお妃様をお迎えすることになり、心強いですね」


「ああ、その通りだな」


気難しい者も多い職人達の気持ちをあれほど掴んだアリアのことを、心から頼もしく思った。

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