03 | 割れたクリスタル(後編)
『割れたクリスタル』は、ギルバート視点のお話です。
すぐにアリアに害を為したものがわかるとは思ってはいなかったが、アリアが倒れたこの場所には新たな証拠や黒魔術結社に繋がるような情報は残されていないようだった。
「それにしても……ここに膝をついたら相当痛そうだな」
割れたクリスタルはどれも尖っていた。この上に膝立ちでアリアを受け止めたら、スボンを破っていくつも足に刺さっただろう。
「そうだと思うのですが、殿下は擦り傷だと仰って…」
「ははは、擦り傷な訳ないだろう」
アリアがこの上に倒れそうになったら、俺もここに膝をついてでも受け止めるだろう。だがその後、激痛に悶える自分の姿が容易に想像できた。
擦り傷だと言って、少し足を引きずる程度で向かいの棟の部屋まで歩いて戻るなど、俺にはできそうもない。その痛みを想像しただけで身震いした。
___『王家の一員として、弱みを見せてはいけないんだ』
遠い昔、怪我をしても絶対に泣くまいと堪えていた幼いライナスを思い出した。
「やっぱりあいつは王子なんだな」
「え?何か言いましたか?」
「いや、独り言だ」
◇ ・ ◇ ・ ◇
翌日からは、ケインと共にあの場にいた公女の侍女や護衛の兵らに話を聞いて回った。
他国の我らに、どこまで話してくれるか心配をしていたが、ライナスが公女の解呪をしたからだろう、こちらからの質問にひとつひとつ丁寧に答えてくれた。
「あのクリスタルは、二年程前からあそこに飾っておりました。いえ、最近追加されたものや、無くなったものもございません」
「クリスタルの手入れは、私達、エレーナ様の侍女がお部屋の掃除の際に行っております。一つずつ布で磨くのですが…、え?、クリスタルの中に黒い靄ですか?……見たことはございません」
「私は、あの日の朝からエレーナ殿下の部屋の前で立っておりました。クリスタルに触れられたのは、アリア様とライナス王子殿下のお二人だけです。はい、他にあの棚に近づいた者もおりませんでした」
「我らエレーナ公女の侍女や衛兵は、全員ユトレフィス公爵家の末裔です。闇夜の雫の集い――貴方がたは黒魔術結社と呼ばれているそうですね――間違ってもその集団の者が紛れ込まないよう、採用前の身辺調査は念入りに行われております。少しでも関係が疑われることがあれば採用されません」
話を聞けば聞くほど、どのように黒魔術を施したクリスタルをあの棚に置いたのか、またはそこにあったクリスタルに黒魔術を掛けたのかわからなくなった。
そうかといって、公女の従者に黒魔術結社の手の者が紛れているとも思えない。
「何も黒魔術結社に繋がることがありませんね」
東の棟へ戻る途中、ケインがこの二日間の聞き取りを思い返しながら呟いた。
「そうだな……何もないことが報告事項なんだろう。黒魔術を使えば、俺達が思いもしないことをやってのけるのかもしれないな」
「なるほど、黒魔術ならそうかもしれないですね。では、今から報告して参ります」
「報告は俺が行ってくるよ。アリアの様子も見たいしな」
「では、お願いいたします」
「ああ、お疲れ様」
ケインは一礼して従者の部屋のある階下へと向かった。
俺はそのまま廊下を進んだ。窓の外は陽がすっかり落ちて真っ暗だった。廊下には等間隔にランプが灯され、その明かりに照らされた自分の顔が窓ガラスに映っていた。
正直なところ、アリアが倒れて以来、あまり寝れていない。気を抜くと疲れが顔にも姿勢にも表れていた。俺はふぅっと息を吐き、背筋を伸ばしてアリアの部屋へと向かった。
◇ ・ ◇ ・ ◇
アリアの部屋の前に着くと、チェスターが廊下へと出てくるところだった。
「チェスター殿、公女の周辺の者達の聞き取りが終わりました。こちらが纏めたものですが……、詳細の報告は明日に改めさせていただいてもよろしいでしょうか」
「報告のためにこちらに来ていただいたのでは?お話を伺う時間は取れますが」
そう言ってチェスターは平静を装っているが……
「今日はもう休んでください。かなり疲れた顔をされていますよ」
「………」
チェスターは、反論する言葉を見つけられないようだった。俺も人のことを言えないが、チェスターは俺よりずっとやつれた顔をしていた。
「殿下が休まれないから、貴殿も休むことができずにいるのではないのですか?」
「あれほど心を傷められている殿下を放って私が休むわけにはいきませんから」
「相変わらずですね」
「えっ?」
主人のこととなると、くそ真面目で融通が効かないところは昔から変わらない。本人は気づいていないようだが。
「いえ、なんでもありません。さあ、とにかく休んでください。今晩は私がここの警護をしますから」
「しかし…」
「貴方にまで倒れられると皆が困ります。それとも私の警護では頼りないですか?」
俺はわざと意地の悪い言い方をした。それを察してチェスターはふっと笑った。
「ありがとうございます。では、よろしくお願いします」
チェスターは軽く頭を下げて廊下を歩いていった。
「さて、こっちの方が面倒くさそうだな」
ため息まじりにつぶやいて部屋の扉を開けた。
暗い部屋に小さなランプがひとつだけ点いていた。寝台の脇に縋るように座るライナスの背中がやけに小さく見えた。
「ライリー、もう三日もまともに寝てないんじゃないか。お前がそうしてると、周りが休めないのはわかってるんだろ」
「………」
「せっかくそこにお前が休めるように寝台まで用意されてるんだ。数時間だけでも休め」
「………」
俺の声はライナスの耳に入ってすらいないようだ。
面倒くさい――そうは言ったが、もちろん本心ではない。アリアが倒れ、絶望に打ちひしがれる彼の気持ちは痛いほどわかった。俺にとっては、魔法玉が爆発し、アリアがそれに巻き込まれたあの時を嫌でも思い出さずにはいられなかった。
―――あの時……か
あの爆発の後、倒れたアリアを前に打ちひしがれていた俺は、周りで声がしているのはわかっても、それを自分への言葉として把握できなかった。頭の中は、なぜこんなことになったのかと、防ぐことはできなかったのかと自分を責める言葉で埋め尽くされていた。ライナスも今、そんな状況なんだろう。
いくら優しく声を掛けても、どうしようもないのだ。
「はぁ、いい加減にしろよ…」
俺はツカツカとライナスの横まで歩み寄ると、胸ぐらを掴んで立たせた。




