13 | 別れの挨拶
ライナス視点のお話に戻ります。
窓の向こうに夕陽に染まった空を見ながら、ソファに座り、アリアとお茶を飲んでいた。
アリアに魔力を補充してもらい、もうひと眠りしたら随分と体が楽になっていた。
コン、コン、コン…
小さなノックに続いてチェスターが部屋に入ってきた。
僕の体調を心配して帰国を数日延期するよう考えていたようだが、僕が頑なにそれを拒否すると、渋々明日の出発を調整してくれていた。
「殿下、アイヴァン様に明朝にここを発つことをお伝えいたしましたところ、できれば今晩一緒に食事でもと仰っていただいたのですが…」
「わかった」
「お体は大丈夫ですか?体調次第ではお断りしても構わないとのことですが」
「ああ。休んでだいぶすっきりしたから、晩餐くらいは大丈夫だ。さすがに何の挨拶もなく別れるわけにはいかないからな」
「では、アリア様もご参加いただいてよろしいでしょうか」
チェスターは僕の寝台の脇に座っていたアリアにも確認をした。
「ええ、もちろん。部屋に戻って準備いたしますね」
アリアはにこやかに答えて、ソファから立ち上がった。
「僕も部屋に戻るよ」
この部屋は、僕が魔力切れをした場合などの万が一のためにと、西の棟のエレーナ公女の部屋に近くに用意してもらっていた。使わずに済めばよかったのだが。
晩餐の準備のためには、滞在している部屋へ戻った方がいい。僕もティーカップを置いて立ち上がった。
「殿下、東の棟へ戻られるならエレーナ様の部屋に立ち寄ってもらいたいと言付かっております」
「では、今から伺おう。アリアもいいか?」
「ええ、ぜひ」
アリアは嬉しそうに微笑むと、僕の腕にそっと手を添えた。
◇ ・ ◇ ・ ◇
エレーナ公女を訪ねると、車椅子に座って出迎えてくれた。
歩けるようになるにはもう少し時間がかかるようだが、穏やかな表情で座る姿は、今朝は少し体を起こすだけで辛そうだったのを思えば、驚くほどの回復ぶりだ。呪いによる苦痛からすっかり解放されたようで、僕はほっとした。
公女は僕の体調の心配と、何度もお礼の言葉を繰り返した後、遠慮がちに僕らに尋ねた。
「あの…、渡り廊下までお見送りをさせていただけますか?」
それに答えたのはアリアだった。
「ええ、エレーナ様にお見送りしていただいたら嬉しいですが……、廊下は寒くてお体に障りますので、暖かくなさってくださいね」
それを聞いた公女の侍女が「すぐに準備いたします」と部屋を出ていった。肩掛けなどを取りにいったのだろう。
「あ…、ごめんなさい」
公女は、自分が見送りを申し出たことで僕らを待たせることになり、申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「そうだ、エレーナ様__」
アリアが何かを思いついたようだ。
「廊下に飾られているクリスタルの工芸品を見てもよろしいですか?」
「ええ、もちろん。自由にご覧になってください。手に取ってくださって大丈夫ですから」
「本当ですか?」
アリアは目をキラキラさせて微笑んだ。そして、「ライナス様も行きましょう」と僕を誘った。確かに、準備が整うまで僕らがここで待つよりずっといいだろう。
「では、廊下でお待ちしておりますので」
僕も公女にそう告げて、アリアと一緒に廊下へと出た。
◇ ・ ◇ ・ ◇
「はぁ…綺麗……、どうやって作られたのかしら。わかりますか、ライナス様?」
「いや、想像もつかないな…」
廊下のアルコーブの棚に飾られたクリスタルは、一般的な花瓶や器のほかに、花や宝石を閉じ込めた置物がいくつも飾られていた。
曇りのないクリスタルの真ん中に浮かぶように閉じ込められた花などは、周りの光を受けてキラキラと輝いていた。
アリアの瞳もクリスタルに負けないくらいキラキラとしていた。公女の呪いも、僕が倒れたことも随分と心配をしていただろう。彼女の安心して楽しむ様子を見て、僕も嬉しくなった。
「ライナス様も、よく見てくださいませ」
アリアが僕に見せてくれたそれを覗き込んだ。クリスタルの向きがくるりと変えられると、光の当たり具合も変わり、浮き上がっているようにも見えた。
「このクリスタスの中に閉じ込める技術が、この国の職人が長年培ってきた技術の結晶なんだろうな」
「なんて綺麗なの……」
アリアはまた別のクリスタルの置物を手に取っては光にかざして眺め、ため息を吐いた。僕もその好奇心につられてひとつ手に取った。クリスタルの中には小さな薄紫の花の植物が閉じ込められていた。少し回してみると、細い葉が揺れているようにも見えた。
「不思議なものだな…」
「ええ、本当に。でも、これは…何かしら?」
僕は自分の手にしていたクリスタルから顔を上げて、首を傾げるアリアの方を見た。
クリスタルの中央には、真っ赤な宝石が浮かんでいた。ただ他のと違って、クリスタルにマーブル模様が――いや、クリスタルの中に靄があるのか?
「あの水晶玉みたい」
アリアがぼそっと呟いた。
僕も同じことを思っていた。以前、書庫の奥の部屋で見た占い師の水晶玉だ。その水晶玉は、黒魔術で過去と思われる風景を映し出した。
僕はゾワッと寒気を感じた。
―――アリアが手にしているクリスタルにも黒魔術が⁈
靄は見る間にクリスタルの中いっぱいに広がり、渦巻いた。
「アリア、それに触れ___」
「それに触れては駄目――あっ!!」
ガシャンッ!
大きな音に振り返ると、エレーナ公女が車椅子から落ちて床に倒れ込んでいた。
「エレーナ様!」
「殿下っ!」
青ざめる周りの者達と同じく、僕も公女の方へ一歩踏み出したが、
「痛っ…」
アリアの小さな声と共にブワッと風が通った気がした。この辺りの窓は全て閉められているのに。
僕は慌てて振り返った。
彼女が手にしていた真っ赤な宝石を内含したクリスタルは、その手を離れて落下を始めていた。そして、大理石の床に当たると砕け散った。
「アリアっ!!」
アリアは崩れ落ちるように倒れた。




