01 | 第七王子の魔術鍛錬
セレスティレイ宮殿の東側、幾何学模様に樹木を刈り込んだトピアリーの庭の向こうに鍛錬場がある。そこでは、この宮殿を警備する兵達が何組か向かい合って剣術の稽古をしていた。
その少し奥の離れた所で、動きやすそうな生成りのシャツとえんじ色のパンツ――他の兵らと同じ鍛錬服姿で二人の男が向かい合っていた。
一人はスラリと長身で、肘まで捲り上げた袖から覗く腕は細いながらも筋肉質で、細身のパンツと膝丈のブーツが引き締まった脚を強調していた。シルバーブロンドの長めの前髪を風に揺らし、アクアマリンの瞳で鋭い視線を相手に向ける彼は、このレトーリア王国の第七王子のライナスだ。
向かい合う相手はがっしりとした体型で、ダークブロンドの短髪に顎髭を短く揃えて精悍な印象だ。右頬に斜めに走る大きな傷跡、鍛え上げられた太い腕にも大小無数の傷跡があり、幾多の実戦を潜り抜けてきたかを窺い知ることができた。王子より強そうな見た目とは裏腹に、こちらの男だけ分厚い革製の防具を全身に身につけていた。
◇ ・ ◇ ・ ◇
剣術の競技会場と同じ大きさに敷かれた石のタイルに足を踏み入れ、ふぅっと息を吐いた。集中すると自分の中に魔力が巡っているのを感じた。僕は剣をゆっくりと構えた。
「エイゼル、始めようか」
向かいに立つこの宮殿護衛の副師団長エイゼル・フィルテインに声をかけた。
「ええ、いつでも」
エイゼルも剣を構えるのを待って、僕は攻撃を仕掛けた。エイゼルは数年前から僕の剣術の相手をしてくれる一人だ。僕の剣筋をよく知っている彼は、水や風の魔術を絡めた攻撃も難なく受け止めて流したり、弾き返して反撃をしてくる。最初の頃は弾いた魔術の破片であちこちに傷が絶えず、防具をつけることになったのだが、近頃は魔術の攻撃にも慣れたようで防具に新たな傷がつくこともかなり少なくなっていた。
剣の実力はエイゼルの方が少し上だが、今は魔術の力を借りて互角に戦えるようになっていた。
最初は肩慣らしで型に沿って剣を合わせた。体が温まると、実戦を意識した対戦へ。激しく互いの木剣がぶつかる音が響いた。
僕は、エイゼルに徐々に押されていた。そして彼の勢いのついた剣に弾かれて大きく後ろに下がった。その距離の空いた隙を狙って風魔法を放った。彼の足元から湧き出た小さな旋風が手にしていた木剣を巻き上げて飛ばした。
カラン、カラン…
石のタイルの上で乾いた音を立てて木剣が跳ねた。
「ふっ…、それは狡いな」
額の汗を手の甲で拭いながら、エイゼルが楽しそうに笑いながら僕を睨んだ。
「ああ、知っている。カッコよく勝つことを目指してないからな」
僕も笑って答えた。
魔力を持つようになって一年以上が経ち、だいぶ魔術を使いこなせるようになった。最初は水は青、風は緑と色を思い描いて集中してからではないと魔術を発動させることができなかったが、この頃は剣を振りながら体内の魔力を感じ取って魔術攻撃を繰り出すことができるようになっていた。
ただし僕は、自分では魔力をほとんど作り出さない。対して、一緒に魔力を授かった婚約者のアリアは溢れかえるほど魔力が湧いてくる。彼女と手を繋げばその魔力を受け取ることができるが、戦いの場に彼女を連れて行くことは考えられない。戦う合間に魔力を補充できないから、その時に持っているだけの魔力と剣術を効率よく組み合わせて戦う必要があるのだ。
―――狡いと言われようが、魔術攻撃のコツがわかった気がするな。
僕は地面に転がった木剣を拾ってエイゼルに手渡した。
「今日はここまでにしよう。ありがとう、エイゼル」
手合わせをしてくれたことに礼を言うと、エイゼルは姿勢を正して敬礼した。そしてすぐに表情は柔らかくなり、「さあ戻りましょうか」と脱いだ上着を拾った。
主従の関係ではあるが、彼の程よく砕けた態度は、僕にとって心地が良かった。
秋の終月に入って風がひんやりしていたが、激しく打ち合った後は二人とも汗だくになっていた。汗を拭いながら歩いていると、見習い兵が僕らに水を差し出した。
「ありがとう」
礼を言ってそれを受け取ったが、差し出した見習い兵の腕に大きな青あざがあるのが見えた。鍛錬中に思い切り打たれたのだろう。
「エイゼル、ちょっと持っていてくれ」
手にしたコップを預け、立ち去ろうとした見習い兵を呼び止めた。十代半ばの赤い癖毛の兵は驚いた様子で、背筋をビシッと正していた。
「ははは、そんなに畏まらないでいい。腕を出してくれないか?」
「腕…ですか?」
最近この宮殿に配属されたのだろう。僕が腕を出すように言った意図をはかりかねているようだった。
「ああ、治癒の魔法の練習をしたいんだ。その青あざで練習させてもらえないだろうか。貴殿の名を聞いても?」
「はっ、カシウスと申します。私の腕でよろしければ」
カシウスはグッと袖を捲り上げ、僕に腕を差し出してくれた。僕は青あざの上に手をかざして集中をした。まずは腕の様子を確かめる。
「……骨には異常ないな。打ち身は深いところまでダメージがある。結構痛むだろう?」
「いえ、平気です!」
少々のことで痛がっていたら上官に怒られるのだろう。我慢しているのは明らかで、僕はふっと笑った。
「治癒の魔法の成果の参考にしたい。正直な痛みを教えてほしい」
「………かなり痛いです」
「そうか」
僕は彼の答えに満足して、手のひらに熱を集めるようなイメージをしながら青あざが治るよう念じた。
白い光がカシウスの腕を包み、じわじわとあざが小さく薄くなっていった。
「ふぅ、ここまでかな」
青あざはまだ完全には消えていないが、これ以上は魔力を絞り出すことになる。その手前で治癒を止めた。
カシウスは目を大きくして自分の腕を見つめていた。
「無理なく治せるのはここまでなんだ。痛みはどうだろうか?」
「すごい……」
「カシウス、痛みはマシになったか?」
「は、はい!痛みはほぼないです。こう…押したら痛い程度です」
カシウスは反対の手で小さくなった青あざを確かめるようにさすったり押したりしていた。
「腕を貸してくれてありがとう」
「とんでもございません。ありがとうございました、殿下!」
治癒の魔法を間近に見て興奮したようだった。姿勢を正して礼をすると、腕を見つめながら立ち去っていった。
「ふぅ、流石に疲れたな」
今度こそ僕は部屋に戻ることにした。




