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青星の水晶〈下〉  作者: 千雪はな
第3章 水の魔術師と隣国の公女
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10 | 解呪(後編)

エレーナ公女の胸元に羊皮紙に描いた魔法陣を置き、解呪の言葉を唱えながら手のひらに集めた魔力を一気に注いだ。心臓を掴むように巣くう呪いの核に届くことをイメージしながら。


魔力が羊皮紙に触れた途端、魔法陣が白銀色に輝きブワッと空中に浮かび上がった。


「おお…」


アイヴァン公子なのか、僕の従者なのかわからないが、期待を帯びた声が漏れた。


しかし――


浮かび上がった勢いのまま大きさを増した魔法陣は、シャボン玉が破裂するように弾けた。


一瞬のことで、言葉が出てこなかった。





「ライナス様、大丈夫ですか?」


心配そうにアリアが、弾け散った光のかけらを浴びながら呆然としていた僕の手を取った。


手袋を外した彼女の手は温かかった。その手のひらからすうっと優しい魔力が流れ込み、僕を満たすと止まった。僕はその手を握り返し、ふぅっと息を吐いた。


「大丈夫だ。ありがとう」


「魔法陣が展開しましたね」


アリアが笑顔でそう言ったのを聞いて、完全な失敗ではなかったことに気づいた。


「ああ、次は破裂しないように加減をしないとな」


「魔力はゆっくり注いで、魔法陣の大きさを保つ感じでしょうか」


「そうだな」


そこまで言って、僕は思いついたことを他の者に聞きえないようにアリアの耳元で小声で伝えた。


“魔力を僕の容量以上に分けてくれ”


アリアはその言葉にビクッと反応し、手を離そうとした。僕はその手をきゅっと握って引き留めた。


ゆっくりと長く魔力を注いで魔法陣を維持するには、僕の容量に収まる魔力では足りないことは明らかだった。もし僕の魔力が尽きて中途半端に終わりそうになったら、アリアは僕に代わって解呪をするだろう。


―――アリアにここでは魔術を使わないでくれと言っても、聞いてくれないだろうな


魔術が使えることが知られて自分に危険が及ぶかもしれないとわかっていても、目の前で苦しむ誰かを助けられると思えば、自分のできることをする。アリアは、そんな真っ直ぐな性格だ。


僕の心配も知っているから、魔術を使ったとしても目撃者をできるだけ少なくなるように人払いをさせたのだろうけど、それなら僕はアリアが魔術を使わないといけない状況を作らないようにしよう。


僕一人で魔法陣を少しでも長く保てるように、自分の容量を超えて多くの魔力を持っていたかった。アリアもその意図を理解していると思うが、眉尻が下がり、心配そうに僕を見つめた。魔力が溢れると、かなり重苦しくなることを彼女は僕よりよく知っている。


“大丈夫だ。魔力過多でも今は動く必要はない。魔法陣を展開すれば、すぐに魔力は消費されるよ”


僕の言葉に、アリアは仕方なく納得したような表情で手のひらを合わせると、魔力が再び流れてきた。すぐに僕の容量を超え、ずしっと何かに押し潰されそうな感覚が襲ってきた。僕はそれを表に出さないように堪えた。


やがて魔力の流れ込みはゆっくりと止まった。僕としては、アリアが持つ魔力全てを受け取ることができればと考えたが、これ以上は受け取れなくなったようだった。アリアの魔力はいつもの半分くらいまでに減っていた。


僕はゆっくりと長く息を吐いて立ち上がった。


「ふぅ…、では、もう一度やってみましょう」


「ライナス様、こちらを」


「ああ、ありがとう」


いつも通りには動けない僕のために、アリアがもう一枚の魔法陣の羊皮紙をテーブルから取ってきてくれた。それを受け取りエレーナ公女の胸元に置くと、瞼を閉じて集中した。


―――これが最後の一枚だ


かざした手から魔法陣の下にある呪いの核を感じた。しかし、今度はここに魔力を向けるのではなく、魔法陣をゆっくりと広げることを意識した。呪いを解くのは魔力ではなく、展開した魔法陣なのだろう。確証はないが、不思議と不安は消えていた。


―――きっと上手くいく


心を落ち着けて目を開けた。




解呪の言葉を唱え、手のひらに集まった魔力をゆっくりと注いだ。


羊皮紙の上のインクが徐々に光に変わっていく。全体に光が回ると、魔法陣はふっと宙に浮き、ゆっくりと大きさを増した。


周りから息を呑む音が聞こえた。


―――このくらいか


公女の上半身を覆う程の大きさになったところで、僕は流し込む魔力を少し緩めた。魔法陣は空中で明るさを保ったまま膨張が止まった。


そのまま魔力の供給を続けていると、魔法陣からの淡い光が溢れ出し、公女を包んだ。


長く続けるために控えめに放出しているつもりだが、思ったよりも魔力は減っていった。けれど、これ以上絞れば、魔法陣は維持できないだろう。ぶれないように一定の魔力の放出を続けた。




「あ…っ、首の…」


アイヴァン公子が言葉を漏らした。


エレーナ公女の首元の蔦状の痣が端の方から薄くなっていた。そして同時に胸の上に揃えられた手の甲から腕にかけて這う痣も、すぅっと薄くなって消えていった。他の場所は服に隠れて見えないが、禍々しい呪いの気配が薄くなっていくのを感じた。


―――やはり、今回は正しかった


安堵しつつも、まだ解呪の途中だと気を引き締めた。心臓を鷲掴みにしている呪いの核は小さくはなってきたものの、まだ消えるまでには時間が掛かりそうだった。


 ◇ ・ ◇ ・ ◇


僕の魔力は残りわずかとなってきた。呪いの核も随分と小さくなっていた。


どれくらいの時間が経ったのだろうか。これ程まで長く魔力を放出し続けたのは初めてだった。しかも、魔法陣を一定の大きさに保つように制御しながらは、ただ魔力を使うよりもかなり神経を使った。


―――僕の魔力が尽きるのが先か、呪いの核が消えるのが早いか………ではないな。今ここで僕が呪いを消し去るんだ


少し弱気になりそうだった気持ちを今一度奮い立たせて、手のひらから放出する魔力に集中した。


手の感覚は曖昧になっていた。肘から先が痺れ、その手が熱を持っているのか、冷えて(かじか)んでいるのかもよくわからなかった。


耳も奥の方でキーンと鳴っていた。周りから何か聞こえる気もしたが、目の前のことに集中した。


―――魔力はまだもう少し残っている


僕は小さく残った呪いの核を感じながら、魔力を注いだ。その核は、もう豆粒くらいに小さくなっていた。


―――あと少し…


残った魔力を絞り出した。


呪いの核は周りから崩れるように小さくなり、最後はすぅっと溶けるように消え去った。



「ライナス様っ!!」



急にはっきりと僕の名を呼ぶアリアの声が聞こえたのを最後に僕の意識は途切れた。

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