表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
青星の水晶〈下〉  作者: 千雪はな
第3章 水の魔術師と隣国の公女
37/86

09 | 解呪(前編)

エレーナ公女にかけられた呪いを解く手順を頭の中で何度も繰り返していた。


―――魔法陣を公女の胸元に置き、手をかざして解呪の言葉を唱えながら魔力を注ぐ


何も複雑なことはない。ただ…


―――僕の発音で本当に大丈夫なのだろうか


どうしても拭えない不安が心の奥に引っかかっていた。


解呪の言葉は、ユトレフィスを発つ前に公子から伝えられ、今日まで何度も練習してきた。しかし、耳慣れない古代魔術語の発音は難しく、アリアに未だに直されていた。そのアリアの発音も正しい保証はないが、レトーリアの公女が呪われていることを漏らすわけにもいかないので専門家に相談することもできなかった。古代魔術語に関してはアリアに頼るしかないのだ。不安に思えば、いくらでも気持ちが沈んでいきそうだった。



公女の部屋の壁際の小さなテーブルの上に置かれた羊皮紙に描いた魔法陣を、僕は腕を組みながらじっと見つめた。古い文献に従って精密に描かれた物だ。


魔法陣はかなり細かく、一枚描くのに数ヶ月の時間が掛かるという。描ききったとしても、少しでも歪みがあれば使えず、今日までに用意できたのは二枚だけだった。それを使って事前に練習をするわけにもいかず、ぶっつけ本番で解呪に挑まなければならない。


―――成否は問わないと言われているが、この二枚で解呪できなかったら…


声に出しては周りまで不安にさせてしまうと、ぐっと飲み込んだ。失敗を恐れていても仕方がない。僕は静かに深呼吸をすると顔を上げた。



「では、そろそろ…」


僕の気持ちの準備ができたことを察したチェスターが遠慮がちにアイヴァン公子に声を掛けた。公子は「ああ、わかった」と隣に立っている従者に頷いて合図を送った。彼は公子の直属の護衛騎士のジョエルだ。


「カーテンを」


ジョエルの言葉でエレーナ公女の侍女らが厚手のえんじ色のカーテンを閉めて部屋が薄暗くなると、すぐにランプが灯され、温かな橙色の光が広がった。


それを待って、ジョエルは次の指示を出した。


「皆は廊下で待機するように」


「「はっ」」


室内にいたレトーリアの従者達は一礼すると、ジョエルを除いて部屋を出ていった。事前に取り決めていた通りに人払いが完了した。


表向きは、僕が魔術を使う時に集中できるよう、公子とその護衛以外は部屋を出てもらうよう伝え、レトーリア側も快諾してくれていた。


本当のところは、僕の魔力が枯渇した時に即座に魔力補給できることをアリアが望んだからだ。僕はその時は隣室に運んでもらえばいいと言ったが、アリアはそれで手遅れになったらどうするのかと譲らなかった。そのためにレトーリア側の立ち合いはできるだけ無くしたかった。公子なら、アリアが魔術を使えることを口外しないよう頼めば、硬く守ってくれるだろう。




「ライナス様」


僕の隣にアリアが歩み寄ってきて小声で話し掛けてきたので、僕も小声で答えた。


「どうした?」


「今朝の発音、とてもきれいだったと思います。魔力を使い過ぎないことだけお気をつけくださいませね」


アリアの笑顔に心が落ち着くのを感じると共に、ふっと笑いが漏れた。アリアはなぜ僕が笑うのかときょとんとした顔をした。


「ははは、アリアは僕の不安を見透かせるようだね」


「そんな、大層なことは…」


「ありがとう。貴女が隣にいるだけで、心が穏やかになるよ」


僕は肩を抱き寄せて額にそっと口付けると、アリアは少し頬を染めて微笑んだ。


「アリアに心配掛けないように、魔力を使い過ぎないように気をつけるよ」


僕の言葉にアリアは安心したように頷いて、僕の手を両手でぎゅっと握った。魔力が満ちている僕にアリアから流れ込む魔力はわずかだが、その心地よさは心を落ち着けるのに十分だった。


「ありがとう、アリア」


僕は彼女の肩を抱き寄せ、髪にそっと口付けた。



顔を上げ、部屋を見回した。


僕らの側にはチェスターとロバートが立っていた。アリアの護衛のケインは、今は侍女のエレンと共に我々の滞在する部屋に残り、代わりに彼女の兄のギルバートがついていた。


少し離れたところにある大きな寝台にはエレーナ公女がクッションにもたれて座っていた。解呪のため上掛けは薄いものに変えられていた。寝台の向こうにはアイヴァン公子、更に後ろの壁際には護衛のジョエルが直立不動で立っていた。



僕はテーブルの上から魔法陣が描かれた羊皮紙を一枚手にすると、寝台の横に立った。


「エレーナ殿、始めますね」


「はい、よろしく…お願い、します」


掠れた声は苦しそうだが、穏やかな表情で僕の言葉に返事をした。


まずは公女の体に手をかざし、その状態を探った。服に隠れて痣は見えないが、呪いはほぼ全身を覆っていることが感じられた。核は心臓辺りをぎゅっと掴むように蔓延(はびこ)り、そこから広がっていた。呪いが回っていないのは、頭部と足先だけ。


手をかざすだけでも重苦しさに顔が歪みそうになるのに、公女がこれほど穏やかな表情でいられることが信じられなかった。


―――本当は苦痛でいっぱいだろうに…


解呪を成功させたいとの思いを強くした。


僕は魔法陣を描いた羊皮紙を公女の胸元に置いた。魔法陣の中心が呪いの核の上に来るように。


―――魔力の強さは……


解呪の手順にその強さの加減についての記述はなかった。いろいろな文献も調べてみたが、それを記録していないようだった。


治癒の魔法の場合、体の表面の傷には弱くじわりと広がるように。病には強く魔力を注いで体内にある核にまで届くようにと加減していた。解呪も同じなのかはわからないが、手掛かりがない以上、まずは治癒の魔法と同じように魔力を注ぐことにしていた。


ゆっくりと息を整え、両手を魔法陣の上にかざした。解呪の言葉を唱えながら――手のひらに魔力が集まり光りだした。


そして集まった魔力を一息に魔法陣に注いだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ