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青星の水晶〈下〉  作者: 千雪はな
第3章 水の魔術師と隣国の公女
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08 | 呪いの蔦

公宮殿の西の棟、その三階の南端に広く造られた部屋。南側にはバルコニーに続く大きな窓があり、東にも低めの造作棚の上に窓が広く取られ、風に揺れるレースのカーテンを通して柔らかな光がたっぷりと入っていた。


クリーム色の毛足の長い絨毯が敷かれた部屋は、白に上品な金の装飾が施された家具で統一され、窓のない西側の壁側に天蓋付きの寝台が据えられていた。


「ライナス殿、妹のエレーナです」


アイヴァン公子に紹介されたユトレフィス公国第三公女は、その寝台で儚げな微笑みをこちらに向けた。ゆるくまとめられた艶やかな黒髪と、赤みが強い瞳はこの国の王族あることをよく表していた。


「エレーナ、こちらがレトーリア王国のライナス王子、そして婚約者のアリア殿だ」


「エレーナ…です。私の……ために、このような、ところまで、…ありがとう、ございます」


たくさんのクッションで背中を支えられてようやく体を起こしているエレーナ公女は、少し話をするのも息が切れて苦しそうだった。首元に痣があるのに気づき視線を落とすと、上掛けの上に揃えられた袖からのぞく手の甲まで濃い茶褐色の(つた)のような痣が覆っていた。


見た目の不気味さだけでなく、その痣から重く禍々しい空気に押されるような息苦しい感覚に囚われた。


―――これが、呪い…


話には聞いていたが実際に目の前にすると、すぐに言葉が出てこなかった。


そんな僕の横をアリアがスッと通っていき、寝台の横で丁寧にお辞儀をした。そして、ごく自然に姿勢を低くして公女の手の上にシルクの手袋を着けた自分の手を伸ばした。


「触れても、よろしいですか?」


「…え、ええ」


公女は少し驚いた様子で答えた。アリアはそっと手を重ねた。


「エレーナ様、アリア・ハンティントンと申します。お会いできて光栄です」


僕のところからはアリアの後ろ姿しか見えないが、その声色から、優しく微笑みかけていることが伝わってきた。


公女の瞳は見る間に潤み、溢れた涙が頬を伝ってはらはらと溢れていった。


それを見て、アリアは慌てて手を離した。


「申し訳ありません!痛かったでしょうか⁈あっ、やはり冷たくて不快でしたね」


「い…いえ、違う…の……違…」


嗚咽で余計に息が切れて、公女の言葉は続かなかった。そこで、寝台の向こうに立ってたアイヴァン公子が口を開いた。


「アリア殿、驚かせて申し訳ない。エレーナは、貴女が親しい友人のように触れてくれたのが嬉しかったのです。見舞いに訪れる者はいたが、皆その痣に恐れて近寄ることすらほとんどありませんでしたから」


その言葉に、公女は微笑んで小さく頷いた。アリアもほっとしたようで肩の力が抜け、再び手を公女の手に重ねた。


「そうだったのですね。エレーナ様、今日、解呪の魔法をかけるのはライナス様ですが、私もこの呪いが解けることを心から願っております」


「ありがとう……本当に、ありがとう…」


エレーナ公女は体を動かす痛みに顔を歪めながらアリアの手を握り返した。


背筋を伸ばして穏やかな顔で座っているが、声を発するだけで上がる息や、わずかに手を動かせば激痛が走る様子を目の当たりにして、アイヴァン公子が自らレトーリア王国(我が国)まで来て、成功する保証もない解呪を試すよう頼んだことを今更ながら納得した。


―――エレーナ公女に残された時間はわずかだ


今日までに公国から手渡された資料を見れば、長い時間と多くの人員を割いてあらゆる可能性を調べてきたことが伝わってきた。それでも呪いを解く方法は一つもなかった。


残されたわずかな希望――魔力を使った解呪についても細かな手順と考えられる効果が書き記されていた。その記述からは、手順通りに行えば解呪できるのではないかと思われた。




呪いへの恐れをどうしても感じるが、少しでも早く公女を呪いの苦しみから解放して差し上げたい。その思いに背中を押されるように僕もアリアの隣へと進み出た。


「エレーナ様、解呪は初めての試みですが、私もアリアと同じく貴女の呪いが解けることを心から願って挑みます」


「はい…、よろしく…お願いします」


声は弱々しいが、その視線からは生きることを諦めていない強さを感じた。

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