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青星の水晶〈下〉  作者: 千雪はな
第3章 水の魔術師と隣国の公女
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07 | 公女の部屋へ続く廊下

カツン、カツン、カツン…


大理石のタイルに朝の陽の光が反射する廊下を、ユトレフィス第二公子アイヴァンが案内するのに続いてアリアや従者らと共に歩いていた。


早めに済ませた朝食後、アイヴァン公子自ら僕の部屋に迎えにきた。


___『妹の部屋に案内します』


公子の穏やかな表情の中に緊張が感じられた。


呪いを受けたというユトレフィス公国エレーナ公女にいよいよ対面すると思うと、僕もどこか不安を感じ、迎えへの礼を短く伝えた後は無言が続いていた。


硬い足音だけが廊下に響いた。


僕はエレーナ公女の部屋へと向かいながら、この後使う解呪の言葉を頭の中で反芻するばかりで、周りに気を配る余裕もなかった。




「いいお天気ですね」


沈黙を破ったのはアリアだった。僕の隣で眩しそうに外を見ながら、そう言ってにこりと笑った。


ここへ向かう馬車から見えた高い城壁からは閉鎖的な印象を受けたが、中に入ればゆったりとした建物の配置からか圧迫感は全く感じなかった。この宮殿から見える景色も青々とした芝が広がり、開放感すらあった。


アリアの言葉に視線を外に向けたアイヴァン公子が、歩きながら僕らの方を少し振り返って答えた。


「本当ですね。こんなに良い天気なのに、この宮殿内しかご案内できないのが残念です。小さな国ですが、我が国にもご紹介したい景色がいくつかあるのですよ」


「どんな所でしょう。訪れてみたいですわね」


公子の言葉を受けながらも、アリアは僕に微笑みながらそう話しかけてくれた。僕も笑みを返そうとしたが、頬が強張っていることに気づいた。


いつだって彼女は張り詰めた空気を和らげてくれる。大きめに呼吸して無駄に入っていた力を逃してから、僕も話に加わった。


「そういえば、翡翠(ひすい)湖が美しいと姉に聞いたことがあるな」


三番目の姉上は、この国の外相の元に嫁いでいる。昔、お会いした時にユトレフィス公国の話を聞いたことがあった。


翡翠湖は、底まで見える透明度の高い美しく、天気の良い日の景色は言葉では言い表すことができないと姉上は話していた。


「コルデリア様からお聞きになったのですね。今日のような日は特に綺麗ですよ」


「色々と片付いたら、是非案内をお願いしたい」


「すぐには難しいでしょうが……、機会があればお二人でゆっくりとお越しください」


穏やかに話す公子に、僕らも笑顔を返した。


―――『すぐには難しいでしょうが…』


公子の言葉を心の中で繰り返した。


今回は外交としてではなく、僕とユトレフィス第二公子との個人的な友好関係による訪問ということになっている。僕が国境近くの街まで公務で訪れる予定に合わせて、公然のお忍びで公子の顔を見にきた――ということにしていた。


実際は、ユトレフィス公国の公女にかけられていという呪いに僕の持つ治癒の魔法での解呪を試みたら、その成否を問わず、すぐにレトーリアへと帰る。公国での滞在は移動も含めて三日間だけ、つまりこの地で活動するのは今日の一日だけだ。


もちろん公女の呪いが解けることを心から願うが、僕の力が及ばないことがわかれば、アリアを早く黒魔術結社の本拠地があるこの国からできるだけ早く離れることを優先する。ユトレフィス公国側も了承していた。


 ◇ ・ ◇ ・ ◇


東西の(むね)の中央に渡された廊下を歩き、僕らが滞在する東側の棟から大公家のプライベートなエリアに足を踏み入れると、少し雰囲気は変わった気がした。造りとしては左右対称で同じなのだが。


―――何が違うのだろう


そう考えながら廊下を歩いていると、はたと気づいた。壁に飾られた肖像画や彫刻は随分と年代が古いものが多い。


この首都や宮殿の歴史は浅いが、ユトレフィス大公家は我が国と同じように長く続いているのだった。


元は我々の先祖と共に支えていた王国の民を守るために受けた呪いだと思うと、我が一族が呪われた可能性だってあったのかもしれない。


―――僕の魔力だけ試して、解呪の成否を問わずこの地を離れて、本当にいいのだろうか…


決して口にするつもりはないが、ずっと心の奥に引っ掛かっていることが膨らんでくるのを感じた。




「エレーナの部屋は、南の突き当たりです」


その声に、僕は視線を落として考え込んでいたことに気づいた。アイヴァン公子は、正面の扉を指し示していた。隣のアリアは公子が指した先とは少し違う方を目を輝かせて見ていた。


「どうかしたのか?」


「あれはなんでしょう…、綺麗…」


アリアが見つめる先は、公女の部屋の前の西側の壁に造られたアルコーブだった。造り付けのベンチの上の飾り棚に置かれた何かが、東側の窓から差し込む陽の光を受けてキラキラと輝いていた。


「ああ、あれはエレーナが集めたクリスタルの花瓶や置物です。この地方の工芸品なのです」


「クリスタル…」


アリアの目がますます輝いて、重たくなっていた気持ちを少し忘れて、ふっと笑ってしまった。


「アリアは水晶玉やキラキラしたものが好きだからな」


「まあ、光り物を集めたがる鳥のように仰るのですね」


アリアはわざとらしく頬を膨らませた。


「ははは、そうまでは言っていないよ」


僕らのやりとりに、公子も緊張を和らげた表情で笑った。そして扉の前まで歩いたところで、アリアに聞いた。


「少し見ていかれますか?」


「いいえ、まずはエレーナ様にお会いしてもよろしいでしょうか。私、お会いするの楽しみにしていたのです」


「ありがとうございます。そう言っていただけると私も嬉しいです。では、よろしくお願いします」


アイヴァン公子がそう言うと、部屋の前で立っていた侍女が「お待ちしておりました」と頭を下げ、ゆっくりと扉を開けた。

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