05 | 本来の立場と待ちきれない思い
「こちらがライナス王子殿下のお部屋となります。晩餐のお時間となりましたら、改めてお迎えに上がります」
「ありがとう」
ユトレフィス公宮殿に到着し、エントランスで出迎えてくれたアイヴァン公子と軽く挨拶を交わすと、すぐに部屋へと案内された。向こうも僕が影武者と入れ替わっていることをわかっているのだろう。
案内してくれた者に、チェスターは短く礼を言い、護衛のロバートを連れて部屋へと入っていった。
「アリア様は隣のお部屋をご用意しております」
もう一人の案内を務める者が一つ先の部屋へと足を進めた。アリアと侍女のエレンと共に僕も従者として、彼女に用意された部屋へと向かった。
「それでは、何かございましたら遠慮なくお申し付けください」
案内係は部屋とその周辺の簡単な説明を終えると、丁寧に頭を下げて部屋を出ていった。
「アリア様、少しお待ちください」
「ええ、わかったわ」
まだ従者として振る舞う僕に、アリアはにこやかに答えてソファに座った。
アリアもすぐに着替えたいと思うが、少し待ってもらう段取りになっている。まずは僕が本来の王子の立場に戻らなければならない。
僕は隣の部屋に続く扉を開けた。
そこには明るい青色の上着を手にしたチェスターが立っていた。さっきまでサラッと下ろしていたシルバーブロンドの髪を後ろにぴたりと整えて、いつもの見慣れた髪型に戻していた。
「殿下、こちらを」
僕は従者の濃紺の上着を脱いで、差し出された方を受け取って羽織った。茶色の髪のかつらを取って自分の髪をくしゃくしゃとほぐすと、ふぅっと息を吐いた。
それを見計らったように、廊下から扉がノックされ「殿下、ご報告に参りました」と落ち着いた声色で呼び掛けられるのが聞こえてきた。
ロバートが確認をして、白い騎士団の制服を纏った明るいブロンドの髪の男を招き入れた。扉が閉められると、男はすぐにブロンドのかつらを脱いで、赤みがかった茶色の癖毛を手櫛で整えた。白い上着をチェスターに手渡し、代わりに僕から手渡された濃紺の上着に袖を通すと、肩に手を当てて腕をぐるぐると回した。
「騎士団も部屋へ案内され、予定通り交代でこの中庭と廊下の警備についております」
移動中はチェスターに扮して騎士団の隊列に加わっていたケインは、この報告をもってアリアの護衛に戻る。まだ首を傾げたり、腕を伸ばしたりしている。生真面目なチェスターとして振る舞うのは肩が凝るのだ。僕もその気持ちは知っている。
この旅では、チェスターは王子への連絡役で騎士団と行動を共にするということになっているので、ケインは王子の従者の濃紺の上着ではなく白い騎士団の制服を着ていたのだ。
そして、さっきまでチェスターの側に立っていたロバートは、護衛として僕の斜め後ろに立っていた。
僕も王族を示す青色の上着のボタンを留め終わると、ようやくそれぞれが元通りとなった。
「では、自分は廊下にて待機しております」
ケインが隣のアリアの部屋へと入り静かに扉を閉めた。おそらくアリアにも同じように告げただろう。すぐに廊下へと出ていく音が聞こえた。
あとはアリアが着替えたら、晩餐に呼ばれるまで久しぶりに彼女と二人で過ごせるはずだ。僕らのように上着を取り替えるだけではなく、華やかなドレスへと着替えるからしばらく時間が掛かるはずだ。
頭ではわかっているが、気持ちは落ち着かず意味もなく右へ左へと歩いてしまう。
「お茶をご用意しますのであちらでお待ちください」
「ああ、わかった」
チェスターに促され、ふぅっと息を吐いて部屋の真ん中に置かれたソファへと歩き出した――と、その時、カチャッっと小さな音が背後からして振り返った。
わずかに開いた扉の隙間から、アリアが覗いていた。
「アリア⁈どうしたんだ?」
僕は駆け寄って扉を開けた。アリアは僕に見つからないように覗いたつもりだったのかもしれない。ビクッと驚いた様子で後退った。
「あのっ…ごめんなさい…」
「あれ?アリア様?」
隣の部屋から薄紫のドレスを抱えて出てきたエレンが、アリアが座っていたはずのソファを見て驚いて周りを見回していた。そして僕の隣にいるのを見つけると、色々察した様子で黙ってこちらに頭を下げ、手にしていたドレスをトルソーに着せてスカートの形を整え始めた。
アリアは、エレンから僕の方へと視線を戻したが、すぐに下を向いてしまった。
「まだ用意もできていないのにごめんなさい。でも……」
「でも?」
「………」
「どうした?」
アリアはなかなか言い出せずに下を向いていた。彼女の顔を隠している髪を指で掬うと、こちらを見てくれた。
従者としてではなく、本来の僕に対して視線が向けられていることだけで僕は嬉しくなって、抱きしめて口づけたくなったが、不安そうにする彼女の話をまずは聞くべきだろう。
僕は気持ちを落ち着けるようにゆっくりと息を吸って、問いかけた。
「アリア、なんでも遠慮なく言ってくれないか」




