04 | ユトレフィス公国
王都を出て三日目。朝早く出発し、ユトレフィス公国との国境を超えた。今日は日が暮れるまでにユトレフィス公宮殿に着く予定だ。
「なんだか、とてもきれいな道ですね…」
馬車の窓から見える景色がユトレフィス公国に入った途端にガラッと変わった。それを見てアリアが感嘆の声を漏らした。僕も話には聞いていたが、実際に目にして驚いていた。
我が国側は、今朝出発した国境近くの街を出ると、道幅はそこそこ広いものの雑木林の中を通る轍が深いデコボコ道だった。
しかしそれが、ユトレフィス公国との国境のゲートをくぐると、視界が開け、馬車の乗り心地が格段によくなった。石畳の舗装された道の両脇には、人の手で植えられた街路樹が続いていた。
「ユトレフィス公国の首都は、先代の大公が隣国との国交を盛んにするために現在の地に移したので、各国につながる道は、力を入れて整備されたようですよ」
「そうなのですね」
「我が国も国内の大きな街をつなぐ街道は舗装化を進めていますが、国境付近はまだ手が回っていないのです」
チェスターの説明にアリアは興味深そうに頷いて、また窓へと視線を向けた。少し開けた窓からの風を気持ちよさそうに受けて、景色を楽しんでいるようだ。
三日目ともなると、王子とアリアが和かに話すのを横で見るのも――もちろんアリアが笑顔を向ける先は僕でありたいとは思うが――慣れてきた。そういうことにしておこう。
僕もアリアが見つめる景色を眺めた。今日は天気が良くて陽の光をずっと受けて暖かくなった車内に、窓から入る風はひんやりと気持ちよかった。
◇ ・ ◇ ・ ◇
日が西に傾いてきた頃、ユトレフィス公国の首都ユトレスの街並みが見えてきた。ここは南北に長い国土のほとんどを険しい山岳地が占める中、南部のわずかな平野に位置している。元々あった街を首都としたわけではなく、原野を開拓して作られた。平地部分を目一杯に使った街の北には山脈が迫り、南側の小高い丘の向こうには切り立った崖が見えた。
気候も比較的穏やかで大きな川が流れるその土地は、もっと昔から街ができていてもよさそうのに、なぜずっと人の手が入ることなく、近年になってようやくそこに首都を構えたのかと思っていた。しかし魔術を途絶えさせたユトレフィス公爵家が、彼らに恨みを持つデニスの呪いから身を隠すために何代にも亘って山奥に身を潜め、そこから静かに国を起こしてきた話を思い出すと、首都の変遷に納得した。
「アリア様、あちらが公宮殿です。今見えているのは城壁ですね」
首都の中心部へと向かう道を逸れて進行方向が変わると、アリアが座る側の窓から南の小高い丘の上にチェスターが示した城壁が見えた。
丘の上いっぱいに建てられた堅固な石造りの建造物には塔や窓も見え、単なる壁ではなく、城塞の役割を果たしているようだ。屋上には複数の衛兵も見えた。
「わぁ…、きれい…」
僕は建物の作りや警備ばかり気になっていたが、アリアの言葉で、暗くなってきた空を背景に城壁が夕焼けに照らされてうっすらと橙に染まっていることに気づいた。
「本当だ。きれいだな」
僕も呟くと、アリアが嬉しそうに微笑んだ。
国外へ向かう警備の緊張に加え、黒魔術結社が何か仕掛けてくるかもしれない不安もあって、皆どこかピリピリとする中、アリアはきれいな景色や珍しい花などささやかなものにも気づき、楽しんでいた。それが場の雰囲気を柔らかくしてくれていた。
そんなふうに振る舞っているが、アリアが呑気にこの旅を楽しんでいるわけではないことを僕は知っている。一日目、リトレスに滞在した夜も悪夢にうなされていたとエレンから聞いた。
側についていてあげられたらと思うが、ケインの立場で護衛についている僕が夜中まで側にいるわけにはいかない。彼女は一人で悪夢に耐え、朝になればそれを表に出さないようにしているのだ。
近くにいるのに抱きしめてやることもできないことが、こんなにもどかしいとは思わなかった。
―――はぁ、早くすべきことを片付けてレトーリア帰って、二人で穏やかな時間を過ごしたい…
僕はそんなことを考えながらも、せっかくアリアが作った明るい雰囲気を壊さないよう、表情が固くならないように努めた。
丘を登った馬車は、やがて城壁の重厚な木製の扉の前で止まった。装飾が少ない石造りの垂直の壁は威圧感を覚えた。
衛兵が僕らの馬車を検めると、見上げるほど大きな両開きの木戸がゆっくりと開かれた。




