03 | 従者のジレンマ(後編)
西の空が徐々に赤くなり始めた頃、今晩過ごすリトレス離宮に到着した。
大きな門をくぐり、色鮮やかな美しい庭園の向こうに黄色い石造りの壁の重厚な建物が見えた。かつては王家の休暇用の別邸として建てられたこの宮殿は、現在は第二王子サミュエル兄上の一家の住まいとなっている。
馬車が止まると、僕と侍女のエレンはさっと降りて王子らを待った。
続いて王子が降り、振り返ってアリアへと手を差し出した。その手に馬車の中から華奢な手がそっと伸びると、白い外套を羽織ったアリアがふわりと現れ、王子と目を合わせると優しく微笑んで、ゆっくりとステップを下りた。
僕はその光景をすごく不思議な気持ちで見ていた。いつもは僕に向けられるアリアの表情を少し離れたところから見るのは、なんと表現したらよいのか言葉が見つからなかった。ただ、油断をすると視線が下がってため息を吐いてしまいそうで、意識して背筋を伸ばした。
王子の腕にアリアがそっと手を添えて何か言葉を交わしながら離宮のエントランスへと向かう二人の後ろ姿を見ながら、数日前、チェスターからアリアに影武者について話した時のことを思い出していた。
___『アリア様、私が殿下として振る舞う際は、私がチェスターだということはお忘れください。それが殿下をお守りすることに繋がりますから』
『はい、わかりました。私もライナス様をお守りする一人になれるのですね』
アリアは使命感に燃えた顔でチェスターに返事をした___
アリアが隣で普段通り振る舞えば、華やかな彼女の方に視線が向くことも手伝って、チェスターはより王子に見えるのはわかる。しかし僕としては、アリアが影武者の隣で危険な目に遭わないか心配だ。
―――僕を守るためだなんて説明したら、何かあった時にアリア自ら盾になるよう動きそうじゃないか
間違ったことは言っていないが、チェスターの言い方に少し腹が立った。
これまでは、わざわざ第七王子を狙う者もいないだろうと思ってきたが、魔力を持つ現在、その力を邪魔に思ったり悪用しようとする者がどこにいるかわからない。
―――やっぱりアリアを王城に置いてきたかったな…
そんなことを考えている僕の前を王子とアリアが腕を組んで通り過ぎた。僕ら従者も彼らに続いて宮殿のエントランスへと歩き出した。
今回、僕がケインと入れ替わってアリアの護衛に扮することが許された。いつもはチェスターの格好をして騎士団の中に紛れて行動していたから、それが許されたことが意外だった。チェスターには『いつもの王子から離れた配置ですと、殿下がソワソワして目立ちそうですから』と笑われたが、どうやら彼が正しそうだ。
アリアの様子が気になって仕方がないが、彼女を守れる位置にいるのだ。今はそれに集中しよう。
と、思っているのに、アリアの声で早速集中が切れた。
「まあ、そうなのですか?それは楽しみですね、ライナス様」
出迎えのサミュエル兄上の息子オーウェンの話を受け、アリアが明るい声で王子と話していた。楽しそうに王子を見上げて笑うアリアの横顔が可愛らしいと思うと共に、心の奥がモヤっとした。
モヤっと…?
―――チェスターもアリアも、僕を守るためにしてくれていることだ
わだかまりなど感じている場合ではないし、そんなつもりもない。頭ではわかっているが、釈然としない心は自分では何ともならなかった。
僕はいつも以上に護衛としてこの場にいることを意識して、周りを警戒することに集中することにした――まあ、第二王子一家が住まう離宮であるから、セレスティレイ宮殿よりも固い警備の中で、そんなに気を張る必要もないのだが。
◇ ・ ◇ ・ ◇
一日を終え、僕は寝台に突っ伏した。
「ははっ、お疲れだな」
顔だけを左に向けると、従者用のさほど広くない部屋の反対の壁際に置かれた寝台に腰掛けたロバートが、僕の様子を見て笑った。
「はぁ………………」
僕はロバートから顔を背け、壁に向かってため息を吐いた。
「これはまた長いため息だな。王子とアリア様はお似合いだからな。羨ましいんだろう?」
羨ましい――その言葉に王子を見上げて柔らかく笑うアリアの横顔が思い浮かんだ。
「うるさい」
「まあ、上手く隠せていたんじゃないか」
「………それならよかったよ」
チェスターが王子としてここに滞在している以上、プライベートの空間でも僕は従者だ。同室のロバートは同じ立場の者として接してくれる。
今日のような気持ちの時に飾らぬ言葉で話しかけられて、ぶっきらぼうに言葉を吐き出せるのはありがたかった。すっきりとまではいかないが、モヤモヤした心が幾分軽くなる気がした。
「あと数日だ。頑張れ」
「ああ、頑張るよ。はぁ………あと数日かぁ…」
枕に顔を埋めてもう一つため息を吐くと、ロバートは隣の部屋に響かないように声を抑えて笑った。
アリアの側にいたいのに、それができないことが思った以上に堪えて、言動がいつも通りではない自覚はある。それをロバートは気遣ってわざと気安い態度で僕の気持ちを紛らわそうとしてくれているのだろうか。それともただ面白がっているだけか?
「くくっ、くくく……」
僕は笑い続けるロバート睨んだ。
「笑いすぎだ、馬鹿」
いつもお読みいただきありがとうございます。
GW中は更新しない予定のため、少しお休みさせていただきます。
男主人公目線でヒロインとの仲良しなお話を書きたくてここで小説を書いてるのに、影武者設定でふたりを離してしまい筆が進まず、自分で呆れているところです。前編を書き始める時点でチェスターはライナスの影武者として外観などをイメージしていたので、予定通りなのですが。
再開しましたら、ライナスとアリアのお話の続きをまた見守っていただけましたら嬉しいです。
GW中、特別な予定を立てられている方も、普段通り過ごされる方も、素敵な時間となりますように。




