11 | 現在・過去・未来、そして遠い所(後編)
テーブルの上の水晶玉に魔力を注げば、未来か、過去かはわからないが、見たいと心の中で思い描いたものに関する何かが見えるという。見たいもの、それは…
―――黒魔術結社について知りたい
できれば僕らに起こり得ることが少しでも知ることができればと思いながら、アリアと一緒に隠れたソファの背の後ろから僕は左手を伸ばして水晶玉にそっと魔力を注いだ。
大きめとはいえ一人掛けのソファに二人で乗れば、かなりくっつくことになった。反対の手で抱えたアリアはぎゅっと小さく身を縮めていた。今回は、記された手順に従っているので爆発は起きないだろうと僕は思っているが、それでも万が一ということもあるだろう。僕も魔力を放った腕を引っ込めると、ソファの陰で身構えた。
チク、タク、チク、タク……
二人で息を殺した部屋で、柱時計の振り子の音がやけに大きく聞こえた。
しばらく待っても何も異変はないようだ。僕は背もたれの横からそろそろと顔を出してテーブルの上を覗いた。
「あっ、何か映ってる!」
「え!本当⁈」
アリアは勢いよく僕の前に割り込むように身を乗り出し、水晶玉を見た。
「おっと…」
僕は押し出されるようにソファを降りた。アリアは、ついさっきまで怯えて小さくなっていたのが嘘のように好奇心が溢れ出て、その後ろ姿にふっと笑ってしまった。また僕の存在なんて忘れていそうだ。
―――いや、それより何が映っているんだ
水晶玉に映ったものは、すぐに消えてしまうかもしれない。僕はソファの横に立ち、改めて水晶玉を見た。
そこに映し出されているのは、誰かの視界のようだった___
〈白く色が塗られた石畳の上に立つ男物のブーツを見下ろしていた。
その視線が上がると、石畳に色が塗られているのは足元だけで、他は自然な色の石が敷き詰められているのが見えた。そして道の両側には、煉瓦造りの建物が連なっていた。三階建てに屋根裏部屋がありそうな似た造りの建物が通りの先まで並んでいるところから、大きな街のようだ。
窓のフラワーボックスには色とりどりの花が咲き、馬車がすれ違えるほどの広い道には、身なりの整った人々が行き交って、暖かな陽気に誘われて賑わっている様子が伺えた。
この視界の持ち主は、そんな人々を縫うようにすり抜け、ある建物の一つの前で立ち止まった。
通りから数段上がった階段の先にはロートアイアンの蔓草をモチーフにした装飾の施された門扉があった。それを白い手袋をはめた手で押し開けると、奥には木の扉が見えた〉
―――映し出されたこの場所はどこなんだろうか…
未来なのか、過去なのか、はたまた現代のどこか離れた場所なのか、その手掛かりも見つけられずに首を傾げた。その横でアリアがさらに身を乗り出した。
「あれっ?あっ、ああ……」
「どうした?」
アリアが何かに気づいたようだが、水晶の中に映し出されるものは男の足元へと戻っていた。同じ映像が繰り返されるようだ。再び街を歩く人々を縫って進み、建物の前で立ち止まった。
「ほら、ここです!」
アリアが水晶を指差した。
どこを指差しているのか、僕は目線をアリアに合わせた。指さす先には……
「あっ、あの鳥⁈」
「ええ、やはりそうですよね」
門扉の上部の装飾の一部、家紋のように作られたそれは鋭い爪とかぎ状に曲がった嘴の鳥だった。
「ああ、黒魔術結社の印だな」
映像はまた男の足元に戻ったが、徐々に霞んできた。
「消えてしまう…」
アリアの呟きと共に、水晶玉の中の景色にテーブルの木目が透けてきて、やがて透明の玉になっていた。
しばらくの間、僕もアリアも言葉を発せずにいた。
―――あれは、黒魔術結社の拠点の一つなんだろう。いったい、何処だというんだ。何か手掛かりは映っていただろうか…
もう一度、さっき見た映像を振り返った。
石畳、煉瓦造りの建物が連なる街、人々の服装……
「……あれは、過去でしょうか?」
アリアは自信なさげに呟いた。
「なぜ?」
「あのように通りに建物が隣り合って建つのは大きな街だけで、その内、煉瓦造りの建物が並ぶのは王都とリトレスの二つだと思うのですが…」
我が国では、石造りや木造の漆喰の壁の建物が一般的だが、王都と第二の都市リトレスの市街地の建物は、大量に調達しやすい煉瓦が使われた。
「そうだな。でも、どうしても過去だと思うんだ?」
「それは、石畳の石が…」
「そうか!砕いたままの石が使われていたな」
昔は岩を砕いた大小様々な石を敷き詰めていたが、でこぼこで馬車の乗り心地も悪く、車輪の壊れる原因でもあることを理由に先代の王が、公共事業として大都市の石畳をキューブ状に加工した石で敷き直す工事を行った。だから、現代であれば四角い石が綺麗に並んだ石畳が見えたはずだ。
「あの場所がレトーリアの国内であればですけど…」
「我が国だろうな」
「どうしてそう言い切れるのですか?」
今度はアリアが聞いた。
「それは、映っていたブーツが我が国の騎士団のものだったからだよ」
今日は休みだから別のものを履いているが、魔術庁の長官となり、騎士団の制服を着るようになってから毎日のように履いて見慣れているから間違いない。代々受け継がれている騎士団の印を象った金具も確かに映っていた。
「それならこの国の何処かの過去の映像だったのですね」
「ああ、その可能性が高いだろうな。すぐにでも絵師に描かせて調べることにしよう」
「今日は絵だけにしてくださいますか…?」
アリアが遠慮がちに聞く様子に、僕は笑った。
「ああ、今日は休みだからな。忘れないうちに絵だけ描かせてくれ。調べるのは明日にするよ」
僕の言葉にアリアは笑顔になった。今日は僕が休めるようにと気遣っていてくれたことを思い出した。アリアの肩を抱いて額に口付けると、彼女は嬉しそうな顔で見上げた。
「お茶を用意しているんです。部屋に戻りませんか?」
「ああ、そうしよう」
僕は水晶玉を棚に戻そうと手に取って気づいた。
「あれ、靄が……消えている」
「もう…、見られないということですね」
水晶玉に魔力をかけてみたが、何の変化もなかった。他にも色々見られると思っていたから、落胆を感じずにはいられなかった。
「さっき見た黒魔術結社の拠点が、今も何処かにあるのだろうか…」
今後、何かの助けになることを願いつつ、僕はただの透明な水晶となった玉を棚にそっと置いた。




