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青星の水晶〈下〉  作者: 千雪はな
第2章 ユトレフィス公国と呪い
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10 | 現在・過去・未来、そして遠い所(前編)

「これは――占い師が使っていた水晶玉だ」


瞳の色の話をしていたら、アリアがあまりに僕の瞳を覗き込んでくるものだから、照れくさくて思わず手近にあった水晶玉を話題にしてしまった。


色は違えど、あの爆発を起こした魔法(ぎょく)を思い出すだろうから、アリアにこの話題を振るつもりはなかったのに。


「そっ、そうだ。鏡の…」

「あのっ…」


僕が慌てて水晶玉を棚に戻して更に話題を変えようとしたのを、アリアが止めた。そして遠慮がちに聞いた。


水晶玉(これ)を…もう少し見てもいいでしょうか?」


「ああ、アリアが見たいのなら構わない。座って見ようか」


「はい」


僕はアリアをソファへと促した。そして水晶玉を台座と共にテーブルの上に置いた。


やはり手に取るのはためらわれるようで、アリアは膝の上で両手をぎゅっと握って少し身構えながら、それを真剣に見ていた。




「………アリア?」


あまりに真剣に見ているから声を掛けづらかったが、その水晶玉を見ているというより、おそらく何かを考え込んでいるようだった。待ちきれなくなった僕は彼女の名前を呼んだ。


「あっ、ごめんなさい」


「この水晶玉が、どうかしたのか?」


「ええ…、黒魔術の資料に書かれていた過去や未来を見られるものかと思いまして…」


「これが⁈」


―――それなら、過去に黒魔術結社が何をしてきて、未来に何をしようとしているのか見られるということか?


今後起こりうる危険を回避できるのではと期待して、僕は身を乗り出した。


「ライナス様、これが何を映すかご存知ですか?」


「何を映す…?」


僕は質問の意図がわからず首を傾げた。それを見て、アリアも僕がわかっていないことを感じ取ったようだ。


「この中心に(もや)が見えますでしょう」


「ああ、これがあるのが魔道具と判別できると聞いた」


「ええ、黒魔術がかかっている証拠なのです。水晶玉に留まった黒魔術が核となって、過去、未来、遠隔地などが映し出されるようですが、そのどれか一つだけ映すようにしか作れなかったみたいなんです」


「過去でも未来でも見たいものを見られるわけではないのか……、では、これは何が映るんだろうか…」


僕は水晶玉を手にして、中心の靄をじーっと見た。そして、ハッと気づいてアリアの方を向いた。


「見る方法も資料に書いてあったのか?」


「え、ええ」


僕が勢いよくアリアの方へ身を乗り出すように振り返ったものだから、彼女は少したじろいだ。そしてじっと水晶玉を見つめ、一息置いて気持ちを落ち着けてから答えた。


「見たいものを思い描きながら魔力を注ぐようです」


「見たいものを思い描いて……」


僕はどの程度の魔力を注ぐべきかなど考えていたが、ふとアリアが(うつむ)いていることに気づいた。


「アリア、試してみたいと思うが、怖いか?」


「………少し…やっぱり怖いです。ごめんなさい」


「いや、謝る必要はない。僕も不安がないわけではないからな」


アリアは、魔法玉の前でそれとは知らずに古代魔術語の開放の言葉を唱えてあの爆発を起こしたのだ。水晶玉に魔力を注いで何か起きるかもと思うのは無理もないことだ。しかし、僕は続けて言った。


「それでも、僕は何が見えるのか試してみたい。今後のために役立つことが見えるかもしれない。アリアは別の部屋で待つといい」


書庫は他の者達が普段活動する部屋からは離れた静かな場所にある。書庫の隣のこの部屋で万が一爆発が起きても、影響は少ないだろう。


そもそも、今回は水晶玉の使い方を記した資料があり、その手順に従うので、意図せず魔法玉に込められた強大な魔力を解放してしまった時のような爆発は起きないだろうと思った。


不安に思うアリアは別の部屋で待たせて、水晶玉で何か見えるか試してみようと考えたのだが――


「いいえ、私もここにおります。ライナス様だけを危険な目に合わせるわけにはまいりません」


「そうか。では、試してみようか」


爆発は起きないだろうと思うから、アリアが残ることには抵抗はなかった。僕はソファに座ったままテーブルに置いた水晶玉に手をかざした。


「すっ、少しお待ちくださいっ!」


アリアがうわずった声を上げた。僕は驚いてその手を引っ込めた。


「どうした⁈」


「あ、あの、何かに隠れませんか?」


「えっ?」


唖然とする僕をよそに、アリアは立ち上がって背もたれの高い一人掛けの革張りのソファに駆け寄ると、両手で押し始めた。


細い腕を震わせて力を込める姿もなんだか可愛らしく、思わず笑ってしまいそうなのを(こら)えた。笑ったら膨れっ面をするだろう。その顔も見てみたい気もしたが。


どっしりと重たいソファはほとんど動いていなかったが、何をしようと察した僕は彼女に手を貸した。


 ◇ ・ ◇ ・ ◇


ソファの前後を普段の逆向きにして座面に膝立ちで乗れば、僕らはソファの背の影からテーブルの上の水晶玉を見ることができた。


大きめのソファとはいえ、二人で乗れば狭いのだが、アリアは大真面目な顔でソファの背に隠れながら水晶玉を見ていた。それがまた可愛らしくて、僕は笑いを堪えるのに必死だった。


「さあ、どうぞ!」


アリアは背もたれに隠れて小さくなりながら、僕を見上げてそう言った。


―――はぁ、可愛いんだが


さっきまでは不安そうにしているのを心配したが、狭い一人掛けのソファの隅で小さくなっている彼女がなんだか何年も前に遊んでいた頃の女の子に見えてきた。


僕は右手で彼女の方をそっと抱き、心配させないようにできるだけ背もたれの陰に隠れながら、左手を伸ばして水晶玉にかざした。


誰かに見られたら、随分と滑稽なんだろうと思いながら、僕は水晶玉に向かってそっと魔力を放った。

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