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青星の水晶〈下〉  作者: 千雪はな
第2章 ユトレフィス公国と呪い
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07 | 休日の朝

ふと目が覚め、寝台から抜け出てガウンを羽織ると、バルコニーへと出た。東の空は朝焼けに染まり、赤から橙、黄色を経て空色へと滑らかに変化していた。さらに西へ目を向けると、薄明るくなった空に星がいくつか残っていた。


「寒っ」


冷たい風にガウンの首元を締め、身を縮めて部屋に戻った。


暖炉の前に来ると、ほんのりとした暖かさにほっとした。横に積まれた薪を燃えさしの上に置き、ソファに深く座って目を閉じた。やがて火の着いた薪がパチパチと音を立て始めた。



ユトレフィス公子が帰国してから一ヶ月以上経ち、冬の終月(しゅうづき)を迎えようとしていた。公国への出発を一週間後に控え、その準備もだいたい整っていた。それまでに済ませておくべき仕事にも目処がつき、今日は僕はアリアと揃って休みを取ることにしているのだ。


どこかへ出掛けようかとも思ったが、この雪の中、警備のことも考えると、気楽に宮殿内でのんびり過ごしたいと言うアリアの希望に僕も賛成した。


アリアとゆっくり過ごせることを楽しみにして落ち着かなかったのだろうか。まだ起きるには早過ぎる時間に目が覚めてしまった。自分の子供っぽさに、思わず一人でふっと笑った。


隣のアリアの部屋からも物音がしない。当然眠っているだろう。もう一度寝台に戻った方がいいだろうかなどと考えているうちに、暖炉の火の温かさに眠気が………


 ◇ ・ ◇ ・ ◇


「……、殿下、起きてください」


チェスターの声に目が覚めた。


「あ……、ああ…。いつのまにか寝てたな…」


「こんな所で寝ては、お疲れは取れませんよ。眠れなかったのですか?」


ソファに座ったまま眠っていたのを咎められた。


「いや、ちゃんと寝台で寝ていたんだ。少し早く目が覚めて、薪を足してここに座ったら暖かくてつい…な」


「それなら良いのですが」


「いたたたた…」


ソファで寝ていたせいで固まってしまった背筋を伸ばしながら立ち上がった。それを見て、チェスターは呆れ顔で笑った。


外は日がすっかり昇って明るかった。


「えっ⁈今、何時だ?」


慌てる僕に、チェスターはクスッと笑ってから答えた。わざと改まって、僕を揶揄(からか)っているのを(にじ)ませながら。


「いつもの朝食の時間は過ぎております」


「え?」


「殿下がいらっしゃらないので、ご様子を見に参りました」


「は?」


「お召し物はこちらに」


「貸せっ!」


(うやうや)しく差し出された服を鷲掴みにしてソファに投げると、寝衣を脱いで着替え始めた。


「お手伝いいたしましょうか?」


「いらんっ!出ていけっ!!」


「おや、殿下のご機嫌を損ねてしまったようです」


少し横を向いて独り言を呟くチェスターを、僕は着替えながら睨みつけた。


「聞こえているぞ」


「ははは、失礼いたしました。では、着替えられましたらリラの間へお越しください」


一礼したチェスターは部屋を出て扉を静かに閉めた――と思ったのに、扉を少し開けてひょっこりと顔を出した。


「ああ、殿下」


「まだ何だ?」


「髪乱れてますよ」


そう一言だけ言うと、今度こそ部屋を出て廊下を歩く音が遠ざかっていった。


うるさい奴だとぶつぶつ言いながら着替えを済ませて鏡を見ると、盛大に寝癖のついた頭の自分がそこにいた。


「ああっ!!」


早く行きたいのにと髪をぐしゃぐしゃとかきむしってから、二度寝した自分にため息を吐いた。


 ◇ ・ ◇ ・ ◇


「すまないっ!遅くなった!」


リラの間の扉を勢いよく開けると、慌てた僕とは対照的に、窓辺の丸テーブルにアリアは穏やかな雰囲気で座っていた。僕の慌てた様子にふふふっと笑い、立ち上がって迎えてくれた。


「おはようございます、ライナス様」


ここは庭に面した日当たりの良い部屋で、今は雪景色だが、春になれば青々とした芝生と噴水のこぢんまりとした庭の向こうに赤紫のリラの花が咲くのが見られる。


このリラの木が周りからの程よい目隠しになることと、応接間としては狭いが二人で過ごすには程よい広さで、アリアと食事やお茶の時間を持つときによく使っていた。



「アリア、随分と待たせてすまなかった」


「いいえ、謝らないでくださいませ。私にはこちらがありましたので、お待ちしていることも忘れそうでしたわ」


アリアはテーブルの上の小さな木箱を手に、肩をすくめて冗談めかしてそう答えた。


その木箱は幾何学的な模様が彫られた板を組み合わせて作られていた。


「それは…、からくり箱か?」


「ええ、兄様が視察先から送ってきたのです」


「ああ、バーチテルに行くと言っていたな」


バーチテルは貿易が盛んな大きな港町で、ハンティントン侯爵領の一つだ。ユトレフィス公国訪問のための会議で会ったときに、視察でその街に行くと話していたのを思い出した。


「バーチテルには異国からの見慣れない品が多く入ってくるので、毎回何か変わった物を送ってくれるのですが…」


「どうかしたのか?」


「開け方がわからなくて」


アリアは眉間に皺を寄せながら箱をひっくり返したり下から覗いたりしながら、箱に作り込まれたパーツを動かしていた。


「からくり箱は、開け方の説明書きも一緒についてくるものではないのか?」


僕も以前、東方の国からの贈り物としてからくり箱をもらったことがあるが、開け方の手順書が付いていた。それに従えば、不思議なくらいすんなり開いた記憶がある。もちろん手順書など見ずに試行錯誤して開けたい者もいるだろうが…


アリアは「はぁ…」とため息を吐いて、呆れたように言った。


「兄様が、手順書は次に会った時に渡すから、それまで頑張れと…」


アリアは僕にギルバートからそう書かれた手紙を見せてくれた。僕らが開けられずに頭を悩ませるのを思い浮かべて楽しむ彼の姿が目に浮かんだ。


――― そもそもからくり箱は持ち主が秘密にしたいものを入れるものだから、開け方を伝えずに箱だけ贈るなんて…


「ははは……、子供だな」


「ふふふ。はい、困った兄です」


最近、ユトレフィス公国訪問に向けて黒魔術結社に関する情報収集やその対策を話し合う時間が続いていたから、こんなくだらないことで笑ったのは久しぶりだった。



「殿下、朝食のご用意が整いました」


「ああ、ありがとう」


給仕達は一礼すると、皆、静かに部屋を出ていった。


部屋の真ん中の大きめのテーブルには、いつもの書類片手でも食べやすい朝食ではなく、盛り付けにもこだわった華やかな料理が並んでいた。


「美味しそう。ね、ライナス様」


アリアの嬉しそうな顔を見ると、僕まで嬉しくなった。


「さあ、食べようか」


「はい。でもこんなにたくさん…食べ切れるかしら」


テーブルに向かい合って座り、笑顔を交わしてから僕は焼きたてのパンを、アリアは色とりどりのサラダから食べ始めた。

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