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青星の水晶〈下〉  作者: 千雪はな
第2章 ユトレフィス公国と呪い
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06 | 意地と意地

会議を終えて宮殿へ帰る馬車の中は僕もアリアも無言で、雪景色の外よりも凍りつくような空気が流れていた。



公国への訪問は、僕としてはアリアは王城に残していくつもりだった。それが、アリアの発言で僕の魔力切れの危険性が兄上にも知られ、公国へ行くのならアリアの帯同が必須となった。


公子の頼みを断ることも考えたが、今、世界中を探しても魔術を使える者は、おそらく僕とアリアしかいない。公子が頼む姿を思い出すと、唯一とも言える希望を断る選択はできなかった。


―――できる限りアリアを危険から遠ざけたかったのに


それとは違う結果となって、その(いきどお)る気持ちをどこに持っていけばいいかわからず、憮然と窓枠に頬杖をついて暗い車窓を眺めていた。


一方、アリアはずっと黙って膝の上で握りしめた手をずっと見ていた。彼女の発言で僕の思いに反してアリアも公国に行くことになったのに、僕の方こそ腹を立ててもいいと思ったのに……それ以上にアリアが怒っていた。




重い沈黙が続く中、宮殿に着く直前にアリアが「ごめんなさい」と呟いた。ぱっと彼女を見ると、涙が次から次へと(こぼ)れていた。


僕に涙を見せまいとしたのだろう。僕の視線をすり抜けるように下を向いた。ハーフアップにして下ろしていた髪が肩からはらりと落ちた。


「ライナス様が私を心配してくださっているのは、よくわかっています。でも、私も貴方様のことが誰よりも大切なことは忘れないでくださいませ」


紺のワンピースの膝にパタパタと落ちた涙がいくつもの()みを作っていた。



他国で魔力の補給なしで呪いを解くという未知のことが無謀なことはわかっていたが、それ以上にアリアを危険な目に合わせたくなかった。だから、先に根回しをしてアリアを王城に残すよう考えたのだが、彼女の気持ちを一切考えていなかった。アリアの怒りの沈黙と涙の滲みは、僕の独りよがりな考えを反省するのに十分だった。


「僕の方こそ、アリアの気持ちを考えることなく事を進めようとして悪かった」


俯いたままアリアは、涙の滲みを隠すようにスカートを掴んだ。肩は小さく震え、必死に嗚咽を(こら)えているのがわかった。


この場を涙で解決してはいけないと思っているのだろう。泣いているのを全く隠せていないのに、一生懸命に堪えようとしている姿がいじらしくて、僕の怒りはいつのまにか冷めていた。無意識にふっと笑いが漏れた。


僕はアリアの視線の先に両手を差し出した。


「アリア、僕と一緒にユトレフィス公国へ行ってくれるか?」


もう一度ぎゅっとスカートを掴んでから、アリアはその手を僕の手のひらに重ねた。


「……はい」


馬車の車輪の音にかき消されそうな小さな声で返事をすると、「…ごめ…なさい……」と震える声で言いながら顔を上げた。


頬は涙でべしょべしょで、眉間に皺を寄せて何とか泣き止もうとしている顔は随分と幼く見えた。僕が一人で公国に行って魔力切れを起こしたらと本気で心配してくれたのだろう。


僕はアリアの隣に移ると、彼女を抱きしめた。


「僕の方こそ、不安にさせて悪かった」


もう僕が怒っていないことを感じてほっとしたのか、アリアはしゃっくりを上げながら泣き始めた。


その背中をトントンと優しく叩きながら、僕は窓の外を見ていた。宮殿の正門を通過し、雪を被った庭を通り抜け、やがてエントランスの前で馬車が止まり、扉が開けられた。


「さあ、降りよ……」


僕は言いかけて笑ってしまった。


「殿下?どうかしまし…」


外で待っていたチェスターが、なかなか僕らが降りてこないのを不思議に思って車内を覗き込んだので、僕は彼に向かって「しぃっ」と口の前に人差し指を立てた。


門をくぐる直前までは起きていたのに。


おそらく会議に向かう前から気を張っていたのだろう。あの場で発言をするのにもどれだけ勇気を振り絞っただろうか。


僕の上着を握りしめて、まだ小さくしゃっくりを上げながら眠ってしまったアリアを抱き上げて馬車を降りた。


廊下を歩きながら、腕の中で眠るアリアの額にそっと口付けた。濡れた長いまつ毛も、涙の跡が残る滑らかな頬も、全てが愛しく見えた。


「貴女を残していくなんて、僕の方が耐えられないかもしれないな」


アリアを危険から遠ざけることにこだわって意地を張っていたが、常に側にいて自分の手で守ってやれるのも悪いことではないだろう。ここまで僕のことを心配してくれる大切な人の温かさを感じると、自分の頬が緩むのを感じた。

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