05 | 訪問団編成会議
ユトレフィス公子に呪いをかけられた妹である公国の第三公女を白魔術で助けてほしいと頼まれ、呪いについての話を聞いてから二日経った。
帰国を明日に控え、王太子が公子を晩餐に招待していた。僕はその間に騎士団長室に呼ばれた。僕はユトレフィス公国へ行くのを決めていた。それに伴い、訪問の日程や帯同者などを決めるためだ。
騎士団長のフィリップ兄上がテーブルの上座につき、その左手に僕とアリア、そしてチェスターをはじめ僕の側近達。僕らの向かいには騎士団の上官ら、魔術調査班のレイドナー教授、アリアの兄のギルバート・ハンティントンなど、僕とアリア、そして魔術に関係する者達が座った。
僕が魔術でユトレフィスの公女を助けることは非公式であるため、最低限の関係者が集められていた。表向きの公国訪問の目的は、僕がアカデミーの代表として公国の教育施設を視察することになっていた。
この会議の議長を務めるフィリップ兄上から、訪問の概要が説明され、そして僕に確認をした。
「それで、ライナス。お前はユトレフィスに向かい、アリア嬢は王城で預かっておけばいいんだな」
「はい、よろしくお願いします」
「ハンティントン侯爵、貴殿も城内に部屋を用意する。アリア嬢の警護をより固めるために希望することがあれば伝えてくれ」
「かしこまりました、フィリップ殿下。ご配慮、感謝いたします」
兄上には事前におおまかな計画と希望する人員を伝えていた。対象となる者達も都合がつくように確認済みだ。
アリアと離れることは心配だが、彼女を狙う黒魔術結社と公女を呪う集団が同一である可能性がかなり高い状況で、その本拠地があるユトレフィス公国へ連れていく方が危険だろうと判断していた。
ギルバートには、ここに残していくアリアの側にいてもらうことで警備上の不安をより減らすことができるだろうと考えた。彼自身も側で妹を見守れる僕の案に賛同してくれた。
次は僕と共に公国へ向かう者達の選定だと思った時、僕の隣でアリアが「発言をお許しいただけますでしょうか」と小さく右手を上げた。
この会議へ向かう馬車の中で、アリアには僕の計画を伝えていた。アリアは、僕と一緒に公国へ行きたいと言い、危険だから連れて行けないと言った僕の言葉に何度も食い下がった。それでもやはり連れていくつもりはないとはっきりと言うと、膝の上で握り締めた自分の手をじっと見つめたまま、その後は一言も言葉を発しなかった。
渋々ながら僕の言葉を受け入れたのかと思っていたのに、この場でフィリップ兄上に発言の許可を求めた。
僕は驚いてアリアの方を見た。彼女は、意志を固めた表情で兄上の返事を待っていた。兄上は、その表情と僕の驚く様子に何かを察したようで、ふっと小さく笑って答えた。
「ああ、アリア嬢、聞かせてくれ」
「はい、私はここには残りません」
きっぱりと言い切るアリアに僕は口を挟もうとしたが、「ライナス」と兄上の鋭い視線にその口を閉じた。
「ライナス殿下は、公国で魔術を使うことを求められています。しかし、殿下ご自身では魔力を作り出されないため、他から補給する必要がございます」
「そうなのか?ライナス」
「確かにそうですが、自分の魔力量は把握できます。持っている魔力だけを使えばいいだけです」
これまで魔力について細かなことは報告していなかった。報告すれば、僕の魔力切れの危険とアリアの魔力生成量を天秤にかけ、アリアに魔術を使わせるべきだという声が上がるだろうと思ったからだ。そして今回については、僕が公国へ行くことを止められるだろう。それをアリアもわかっているということだった。
「ですが、不測の事態は起こり得ることです。ライナス殿下ご自身の魔力を使い果たすとお命に関わります」
「どういうことだ?」
それを聞いたフィリップ兄上の顔が俄かに険しくなった。
「魔力を使い果たしてなお魔術を行使すれば、ご自身の生命力を使うことになるのです。以前、私が攫われたのを助けていただいた時に殿下はそのような状況になりました」
「だからあの時、ライナスがかなりのダメージを負って帰ってきたということか」
「はい、仰るとおりです」
アリアの説明に兄上は納得した様子で頷いた。
「それで、貴女が一緒に行けば、ライナスの身の安全は守れるということか?」
「いえ、兄上!それ以上にアリアに危険が及ぶ恐れがあります!」
アリアを危険に晒してまで、僕に魔力を補給するために彼女を連れて行きたくない。
「ライナス、私はアリアに聞いている」
「…申し訳ありません」
威厳のある兄上の低い声に、僕は再び口をつぐんだ。
「それで?」
兄上はアリアに先程の答えを求めた。
「はい、私は自分で抱えきれないほど魔力を作り出します。そして、それを殿下にお渡しすることができます。ですから、私が近くにいれば殿下が予定より魔力を使ってしまったとしても、すぐに補給することができます」
「なるほど」
兄上がゆっくりと頷くのを見て、僕はため息を吐くしかなかった。