04 | 魔法玉の真相
ユトレフィスのアイヴァン公子との面会を終え、僕は私室へと戻った。部屋の隅でカチャカチャとお茶が用意される音をどこか遠くに聞きながら、ソファに座ることなく先程までの公子との面会の内容を思い返していた。
人払いをした途端に公子が頭を下げたことは勿論驚いたが、それ以上に話の内容に衝撃を受けた。公女が呪われているという話、その呪いの始まりが我が国の建国と関わっていたということ。さらには、魔術を途絶えさせたのはユトレフィスの先祖で、それをなんとか食い止めようと水の大魔術師のデイルがあらゆることを試したこと……
___『デイルは魔術が途絶えるまでにあらゆることを試したようです。魔術が弱まらないように、弱まる速度を遅らすように、使えなくなった魔術を復活するように、魔力を貯めて後々使えるように……』
―――魔力を貯めて後々使えるように
公子がそう言った時、動揺が表に出そうになった。アリアが魔術を使えることに触れたくないので、あの場では口にしなかったが…
「あの…、以前ライナス様からいただいた魔法玉ですが……」
「っ、ああ…」
僕はハッとした。考え込んで、アリアが隣にいることを忘れていたのだ。
アリアも僕の方を見るわけではなく、視線は少し先をぼんやりと見つめて頭の中で考えを整理しているようだった。
「…あの魔法玉は、デイルという水の大魔術師が魔力を残そうと作ったものだろうな」
「やっぱりそうですよね…」
そう言ってアリアはきゅっと唇と噛んで下を向いた。
「アリア、どうした?」
「その…大魔術師は、国王を操って国を乗っ取ろうとしたり、それを止めようとした人達を排除したりしたのですよね」
「そう話してたな」
「でしたら、その魔力を受け取った私も……影響を受けることはあるのでしょうか」
自分が授かった魔力が悪名高い魔術師が残したものだと知れば、その不安を感じるのは尤もだろう。しかし、それについて僕の中では答えが出ていた。
心配そうに俯くアリアの肩をそっと抱き、見上げた彼女に微笑んで答えた。
「アリアは魔力を持つようになってから陛下や王太子、その王子方に拝謁する機会が何度かあったけど、何か抹殺する方法とか考えた?」
「そんな!そんな不敬なことは考えたこともっ…、冗談でも仰ってはいけません!!」
これまでアリアの側にいて、そんな素振りは微塵も感じたことがなかったから、彼女を疑っていないことを伝えたくて軽い口調で言ったのに、かえって怒らせてしまったようだ。
「ごめん、言い方が悪かった。冗談を言うつもりも、そんな恐ろしいことをアリアが考えてるなんてこれっぽっちも思っていないよ。無意識にも貴女がそんな行動をとったところを見たこともない。
つまりは、アリアはデイルとかいう古い魔術師の黒い野望なんかには影響を受けていないということじゃないかな」
「今までは無くても、この先は……」
「そうだね。これから何かあるかもしれない不安はあるね。でも、その時は――自分達でその影響から逃れられない時は、この国を出よう」
「えっ……」
アリアは驚いて顔を上げた。思ってもいない選択肢だったようだ。
「この国にいて陛下や王太子方に害をなせば、処罰は免れない。それなら、自分達が操られたとしても何もできない所まで離れてしまえばいいんだ。兄上達にもそう話して、万が一の時にはすぐに僕達を国外追放をしてもらおうと考えている」
デイルの呪いから逃れられる術を見つけられたらいいが、何の手がかりもない今、この問題については、この解決策が一番現実的だと思った。早いうちに追放先も探しておくべきだろう。
「ダメです…」
「えっ?」
アリアの呟きに、今度は僕が聞き返した。
「国を出るとすれば、私だけにしてください。ライナス様の将来を潰す必要はありません」
深刻な顔なアリアの言葉に僕は笑った。
「僕の王位継承順位を忘れたわけじゃないだろう?この国に留まらないといけない理由を探す方が難しいよ。王家も、もし今僕が国外に出ると言っても理由さえちゃんとしていれば止めないだろうね」
そこまで言って、僕は少しほつれたアリアの柔らかな前髪を指で横に流し、その手をそのまま頬に添えた。そして色々な不安で今にも泣き出しそうなアリアの瞳を真っ直ぐに見つめた。
「僕が望む未来は、アリアと共に歩むことだ。場所はどこでも構わない。だからどんな問題が起ころうとも、一人で抱えようとしないでくれ」
瞳に溜まった涙は、やがて溢れて頬を伝った。僕がそれを親指で拭うと、アリアは初めて自分が涙を流していることに気づいたようだ。慌てて下を向いて顔を隠した。
「不安に思うことがあれば、僕に話して欲しい。どんな些細なことでもいいから」
「………」
アリアは黙ったまま俯いていた。
自分が魔法玉に込められた魔力を解き放ったことや、魔力が溢れるほど作り出されることに責任を感じ、その魔力を僕が引き取っていることも迷惑を掛けていると思っている。そんな必要はないのに。
だから、これ以上僕を頼ることを躊躇っているのだろう。わずかに肩を振るわせ、ぎゅっとスカートを掴んでいた。
「アリア、僕は頼りないかもしれないけど__」
「そんな、頼りないなんて…」
頬を濡らしたまま僕を見上げて、掠れた声で僕の言葉を否定してくれた。真っ直ぐに僕を見てくれる彼女を改めて愛しく思った。
僕は彼女の額に優しく口付けて続けた。
「貴女のことが何より大切なんだ。僕が貴女のことを守ると約束するよ。だから、不安なことは僕にも分けてくれ」
「………」
僕を見つめたまま、答えを探しているようだった。
「ね、アリア」
そうもう一押しすると、深い青色の揺らめく綺麗な瞳がふっと伏せられ、アリアは小さく頷いた。