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青星の水晶〈下〉  作者: 千雪はな
第2章 ユトレフィス公国と呪い
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01 | 公子の頼み

「えっ……」


突然、目の前で頭を深く下げる公子に、僕は言葉を詰まらせた。


「あの、アイヴァン殿……一体……」




ユトレフィス公国のアイヴァン第二公子が二日前に我が国を訪れ、王城に今朝まで滞在された後、このセレスティレイ宮殿へと移られた。アリアと共に出迎え、お互いの臣下も交えて昼餐をとり、それから会談のために用意した部屋に、僕とアリアの二人を残して公子が人払いをすると――(おもむろ)に立ち上がり、深く頭を下げた。


なぜ頭を下げているのか、公子はまだその理由を話していない。ただ、両手は固く固く握りしめていることが見てとれた。一国の公子が最敬礼をするのには相当の理由があることが伝わってきて、僕は身構えた。


「公子、そうされる理由を聞かせていただけないだろうか」


公子は、僕の言葉にもう一度拳を握り締め、ゆっくりと頭を上げた。僕を真っ直ぐに見つめるかなり赤みがかった茶色の瞳からは、強い思いを感じた。


ぐっと奥歯を噛み締め、静かに息を吸い、そして口を開いた。


「妹を、助けてくれないだろうか」


「………妹君を?」


公子がわざわざ僕を指名した理由を今日まで色々と考えていたが、そこに公子の妹が出てくるとは思ってもみなかった。


ユトレフィス公国には二人の公子と、三人の公女がいる。アイヴァンの妹となると、一人だけ。アリアの一つ年上の第三公女のエレーナだ。


今回の公子の訪問を前に確認した公国の基本的な情報を記した資料の中に、第三公女については、名前と生まれ年の他は一行『病がちのため、公の場に出ることはない』とだけ書いてあった。


―――治癒の魔法について聞き及んで、その病気を治すよう頼みにきたのだろうか……


僕は公子の目的を予想しつつ、その続きを待った。


「妹のエレーナは………呪われているんだ」


「呪われて…?」


「ご病気ではなかったのですか?」


また予想外の返答に僕は驚き、隣で話を聞いていたアリアも、心配そうに尋ねた。


「何人もの医者に診せたが、どこも悪いところが見当たらず、どんな治療も効果はなかった」


「でも、なぜ呪いだと?判別の難しい病の可能性だってあるのではないだろうか」


僕の疑問に、公子は眉間に皺を寄せて悔しそうな表情で答えた。


(あざ)が…、呪いに特徴的な痣が体のあちこちにあるんだ。それが年々広がっている。全身を覆った時には………」


―――命を落とすということだろう


公子は唇を噛み締め、最後までは言わなかったが、その結末を想像するのは難しくなかった。


「あの……、痣とは(つた)()うような模様でしょうか…」


「アリア殿、ご存知なのですか!!」


アリアの質問に、公子は思わず一歩前に出た。その勢いにアリア後退り、僕は彼女を庇うように体を入れた。


「すまない。呪いのことを知るものは我が国にも少ないんだ」


「いえ、私は大丈夫です。ただ、呪いのことは詳しくなく、つい先日、古い書物の写しに書いてあったのを読んだばかりだったんです。ただ、その時代の言葉が難しくて…」


「そうでしたか。私達も、古い資料から呪いについて調査しているのです。黒魔術の一つである呪いが解けるのは白魔術だという記述を見つけたのですが、現代では魔術が途絶えていて、呪いを解くのは絶望的だと思われていたのです。それが――」


「白魔術とは、おそらく私達が治癒の魔法と呼んでいるもののことでしょうか。私がそれを使えると知って、今日、ここへ来られたということですね」


「はい、その通りです。しかし……」


公子は、僕とアリアを見比べるように視線を向けてから続けた。


「魔術を使われるのは、アリア殿ではなくライナス殿なのですね」


「ああ、使うのは私の方だ」


―――嘘ではない。()()魔術を使うのは僕だけだ。


僕の返答を聞いて、公子は改めて僕に真っ直ぐな視線を向けた。


「ライナス殿、我が国に来て、妹に白魔術をかけてみてくれないだろうか」


「私は呪いの解き方を知らないが…」


話の流れからそう言われることは予想できたが、期待されて公国まで行っても呪いが解けるとは限らない。


「解術については、古い文献からいくつか手順を見つけている。そして例え呪いが解けなくても、貴殿やこの国に感謝することはあれど、問題にすることは決してないことを約束する。わずかでも可能性があることは全て試してみたいのです」


公子の切実な訴えに、僕は簡単には断ることができなかった。とはいえ、この場で話を受けられるはずもなかった。


「……少し考えさせてもらえるだろうか」


「ああ、勿論だ」


「貴殿の滞在中に何らかの答えを伝えるようにする」


「感謝する、ライナス殿」


公子はもう一度深く頭を下げた。

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