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青星の水晶〈下〉  作者: 千雪はな
第1章 見えない敵
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11 | 安堵と不安と緊張と

ユトレフィス公国第二公子の歓迎晩餐会から二日後、このセレスティレイ宮殿にアイヴァン公子を迎える日がやってきた。


僕は、公子を迎える部屋などの最終確認を終えて執務室へと歩いていた。


「アリアの支度は終わった頃だろうか」


僕は隣を歩くチェスターに話し掛けた。


「そうですね。時間としては用意がお済みの頃かと。確認して参りましょうか」


「ああ、そうしてくれるか?」


「かしこまりました」


軽く頭を下げて、チェスターは足早にアリアの部屋の方へと歩いていった。



―――晩餐会の時のドレス姿、可愛かったな…


今日はどんな装いをしているのだろうかと想像したら、晩餐会での白からワインレッドにグラデーションしたドレスがアリアによく似合っていたことを思い出していた。


あの時は直前にレフィサス侯爵が倒れて一時騒然としたが、治癒の魔法ですぐに回復して命に別状がないことがわかり、予定通り晩餐会を開催することができた。


しかし僕は侯爵に付き添ったため、晩餐会に出ることはなかった。食事の後のアリアとのダンスを密かに楽しみにしていたのだが。


まあ、侯爵に大事がなくて本当によかった。表向きは僕が侯爵に治癒の魔法を施したことになっているが、実は――




___『集中して治癒の魔法をかけたい。皆は別室で待っていてくれるだろうか』


晩餐会の会場で倒れた侯爵は、その場での応急処置の後、救護用に用意していた部屋に運ばれた。侯爵の傍らには、息子と側近らが心配そうに付き添っていた。僕は、その彼らに部屋を出るように言った。


『かしこまりました、殿下。父をよろしくお願いいたします』


『わかった』


皆が部屋を出て別室へ向かう足音を聞きながら、僕は寝台に横たわる侯爵に再び治癒の魔法をかけ始めた。


病状はかなり悪い。その核の大きさがなかなか小さくならなかった。しかし僕のできることが限られているのは最初からわかっている。


―――悪化しないだけでもいい


焦らないよう自分に言い聞かせて、治癒の魔法に集中した。


カチャッ


廊下ではなく、続きの部屋との扉が静かに開き、人が入ってくるのを感じた。


『ライナス様、代わります』


僕の横から華奢な両手が差し出され、ふわっと白い光が侯爵の上半身を包んだ。


僕は集中を解き、ふぅっと息を吐いて一歩下がった。アリアは侯爵に治癒の魔法をかけながら、僕の方を見ると優しく微笑んだ。


『ここまで回復していただいてありがとうございます。これなら大丈夫です』


『そうか…よかった。あとは頼む』


アリアの笑顔と大丈夫という言葉に僕は緊張から解放され、それと同時にどっと疲労を感じた。大広間で倒れている時の侯爵の状態の悪さから、一瞬、その場でアリアに治癒を任せないと助けられないのではとの思いが頭をよぎったのだった。


『はぁ……、大丈夫でよかった。僕の力では助けられないかと思ったよ…』


僕が安堵のため息を吐いてそう漏らすと、アリアはふふふっと笑った。


『私は、ライナス様の力を疑ってはいませんでしたよ。ライナス様の方が的確に治癒できますし、あの場での応急処置とこちらへ移される迅速さは、私ではできませんもの』___




―――アリアは僕に甘いな


階段に差し掛かり、二日前の回想から現実に戻った。


確かにアリアよりも僕の方が体内の不調の核となる場所をピンポイントで把握できるようだ。しかし、アリアはより広い範囲の治癒が可能だから、大体の場所が分かれば困ることはない。


魔術に関しては嫉妬する気も起こらないような力の差があるアリアが、それでも僕のことを心から頼りにしてくれているのがその表情や言葉から伝わってくる。そんな彼女との会話を思い出して、思わず頬が緩んだ――が、すぐ後ろにロバートが護衛についているのを思い出し、揶揄(からか)われまいと顔を引き締めた。


アリアの治癒の魔法によって病の核が消え去ったレフィサス侯爵には、アリアが魔術を使えることを伏せている事情を話し、理解してもらえた。すぐに元気に歩き回っては流石に不審に思われるだろうと、しばらくの間はレフィサス家の領地で静養をしてもらうことになった。


気になっていた侯爵の体調については、心配が解消されたことに改めて安堵した。


―――さあ、次はユトレフィス公子の出迎えか


執務室の前に着いて扉を開けようとした時、右手から足音が聞こえてきた。


「ああ、チェスター」


「殿下、アリア様のお支度ができております。お部屋でお茶を用意しているのでお時間がありましたらお越しください、とのことです」


「そうか、ありがとう」


公子の到着までもう少し時間が空いたため取り敢えず執務室に戻ってきただけで、仕事が残っているわけではなかった。アリアが待っていてくれているなら、当然、彼女と過ごしたい。僕は執務室へ入るのをやめて、軽い足取りで廊下を歩き始めた。



 ◇ ・ ◇ ・ ◇



「部屋は暖まっているかしら」

「お茶菓子は足りてる?」

「もう一度、確認に行った方がいいかもしれないわ」


アリアは初めての国賓をもてなすとあって落ち着かない様子だった。もう準備は済んでいるからと紅茶を飲みながら僕と話しているが、ふと不安に思うことが頭によぎるようだ。


僕はテーブルを挟んで向かいに座るアリアを見ながら、手にしたティーカップを口に運んだ。僕が「大丈夫だよ」と言ってもあまり説得力はないようなので、余計なことは言わないことにした。


その代わり、アリアが不安を口にするたびに侍女のエレンが落ち着いた口調で答えていた。


「早朝から暖房を焚いていますから、十分に暖まっていますわ」

「お茶菓子は、先程届きましたので数を確認いたしました。予定数、きちんとございました」

「ご心配でしたら、私が確認して参りますが」


ずっと一緒に準備をしてきたエレンの言葉は具体的で、「そうね、大丈夫ね」とアリアは自分に言い聞かせていた。僕はそんな彼女も愛しく思った。


コン、コン、コン___


小さく扉がノックされる音に、アリアはピョコンと跳ねるほど驚き、僕は思わず「ふっ」と笑いが漏れてしまった。


顔を赤くしたアリアが、僕を可愛く睨んだ。


初めて国賓を迎える不安と緊張に一生懸命に向き合っているのを笑っては、それは怒られるだろうと思うが、僕にとっては可愛らしくてしかたなかった。



「まもなく、ユトレフィス公国公子殿下が到着されます」


戸口で対応したチェスターにそう言伝されるのを聞いて僕は席を立った。そしてアリアの横まで来ると、同じように立ち上がった彼女を抱きしめた。


「本当によく準備をしてくれたと思うよ。さあ、一緒に公子殿を出迎えてくれるか?」


アリアは、ふぅっと息を吐いてから僕を見上げた。


「はい、参りましょう」


まだ少し頬が赤い顔でにっこりと微笑むアリアの手を取り、僕らは馬車が到着するエントランスへと向かった。

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