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青星の水晶〈下〉  作者: 千雪はな
第1章 見えない敵
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10 | 応急処置

床に倒れたレフィサス侯爵に、僕の隣からアリアが前に出ようとした。幼い頃から可愛がってくれた人が倒れていれば駆け寄りたくなる気持ちはよくわかるが、僕は彼女の腕を掴んでそれを止め、その耳元に小声で話した。


「アリア、ここでは僕が治癒をするよ。それから別室へ運んでもらうから、後から来てくれるか?」


「あ……っ、ライナス様。ごめんなさい。つい…」


不安そうな顔をするアリアの肩をきゅっと抱きしめてから、後ろに控えるチェスターと視線を合わせた。


「アリアを頼む」


「はっ。アリア様、こちらへ」


チェスターがアリアを人だかりの少し後ろへと下がらせたのを見届け、僕はレフィサス侯爵の元へと歩み寄った。


「私が診てもいいだろうか」


侯爵の側についていた者達が振り返って僕を見ると、すぐに立ち上がった。


「殿下、お願いいたします」


「ああ、ありがとう」


彼らが空けてくれた場所に僕は膝をついて屈み、両手を侯爵にかざした。


―――心臓の辺りに核があるな。しかも大きい…。他には……


侯爵が苦しそうに上着を掴んでいる辺りに不調の核となるものをはっきりと感じ、それ以外には何もないことを確認すると、その場所に集中した。


治るよう念じて手のひらから放たれる淡い白い光を侯爵の胸元に当てた。


―――僕の力では応急処置が精一杯だな……


侯爵の体の中の不調の核が(わず)かずつながら小さくなるのと、僕の魔力がぐんぐん減っていくのを感じながら治癒の魔法をかけた。



ぎゅっと胸元を掴んでいた侯爵の手から力が少し抜け、苦しそうな息遣いも少し落ち着いてきたように思えた。


―――そろそろ、いいだろうか。


僕は集中を解いた。


一瞬、くらっと目眩を感じたが、ぐっと(こら)えて心配そうに近くで立っていた侯爵の側近に声を掛けた。


「レフィサス殿を別室に運んでもらえるだろうか。私もすぐに向かう」


「はい、かしこまりました!」


側近らはすぐに侯爵を抱え上げると、控えていた執事が「こちらです」と誘導した。誰かが体調が悪くなった場合に備えて部屋を用意している。そこに連れて行ってくれるはずだ。


「ふぅ…」


僕は静かに息を吐き、ふらつかないように気をつけて立ち上がった。思った以上に侯爵の状態が悪く、ここから動かしても大丈夫だろうと思えるまで治癒の魔法を施したら、かなりの魔力を費やしてしまった。


しかし、ここで倒れるわけにはいかない。僕は気力で姿勢を正し、横で様子を見ていた兄らの方を向いた。


「兄上、レフィサス侯爵は休まれれば問題ありませんので、晩餐会は予定通り進めてください。私は侯爵の様子をもう一度見て参ります」


「そうか、わかった。侯爵のことはお前に任せる」


周りも侯爵が無事と分かって落ち着きを取り戻し、それぞれの席へと戻っていった。


―――王太子とユトレフィス公子の入場前でよかった…




大事にならず収まったことに安堵していると、「ライナス様…」と遠慮がちに僕を呼ぶ声が聞こえ、そちらに視線を向けた。


「レフィサス様は大丈夫でしょうか」


隣まで歩み寄ってきたアリアが、不安げに僕を見上げた。


「ああ、大丈夫だ。待っていてくれてありがとう」


心配そうぎゅっと握っているアリアの両手をそっと取ると、彼女はその手を僕と繋いだ。ぴたりと手のひらが重なった途端、彼女の魔力が僕に流れ込んできた。


周りにわからないようにアリアは僕に魔力を受け渡してくれたのだ。


―――アリアならこの場で治せたんだろうな…


僕の中を満たしていく清らかで優しいが力強さもある魔力を感じて、彼女が治癒の魔法をかければ、レフィサス侯爵も(たちま)ちに治すことができただろうと思った。だが、そう分かっていても、アリアが人前で魔力を使うことは避けたかった。


ウェーンブレン離宮からアリアが攫われ、魔術師が狙われていると分かってから、彼女が人前で魔術を使わないようにしていた。


アリアが僕やハンティントン家、魔術調査班といった身内と言える者達以外の前で魔術を使ったのは一度だけだ。彼女が出掛けた先で投石を受け、侍女や護衛の者達が怪我を負ったのを見てアリアが無意識に治癒の魔法をかけた時だ。その場に居合わせた者達には口外しないよう固く約束をさせた。


一方、僕は宮殿内で水や風の魔術の鍛錬を行ったり、任務先で負傷者が出れば治癒の魔法で治したりしてきた。そして僕の魔術に関しては緘口令(かんこうれい)は敷かなかった。


魔術調査班に黒魔術結社の間諜(スパイ)が潜り込んでいたから、アリアが魔術を使うことは伝わっているのは分かっている。しかし僕が公に魔術を使い続ければ、魔術師を狙う奴らの目を僕の方に向けられるのではないか。上手くすれば、魔術を操るのはアリアではなく僕だと思わせることができるのではないかと考えていた。




十分な魔力に満たされると、感じていた目眩も消え去った。僕は心配そうに見上げるアリアに大丈夫だと笑みを返した。


「では、私は侯爵のところへ行ってくる。チェスター、またアリアのことを頼む」


「はい、かしこまりました」


僕はアリアの額に軽く口付けて、侯爵が運ばれた部屋へ向かった。

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