08 | 歓迎晩餐会(中編)
ユトレフィス公国アイヴァン第二公子の歓迎晩餐会の時間が近づき、彼を控えの間に送り届けた。この後は、王太子であるアドレイ兄上が対応する。
僕は本日の役目を終え、急いで王城内の自分の部屋へと戻った。扉を開けると、明るい声が迎えてくれた。
「ライナス様、おかえりなさい」
そこには正装をしたアリアが僕を待っていてくれた。顔色も良さそうだ。しかし、昼前の彼女の様子を思い出すとどうしても心配になる。
「アリア、体調はどうだ?無理に晩餐会に参加しなくていいんだぞ」
「ご心配をお掛けしてごめんなさい。でも、本当に大丈夫なのでご挨拶だけでも…」
そう言って遠慮がちに微笑む彼女を見ると、僕らに心配を掛けたことを随分と気にしているようだった。顔色もいいようだし、これだけ綺麗に着飾って来てくれたのだから、楽しく過ごして気分転換をするのもいいかもしれない。
「今日はずっと君の側にいられるから、何かあれば遠慮なく言ってくれるか?」
「挨拶だけでなく、その後も参加してもいいのですか?」
「ああ、無理しないと約束してくれるなら」
「はい、お約束します」
アリアは、花が咲くように笑顔になった。
綺麗にまとめた髪には、淡くピンクがかった白い花と真珠が飾られ、ドレスはその花の色と同じ色が胸元から裾に向かって徐々に赤みが入るグラデーションに。裾は明るめのワインレッドで少し大人っぽい色味だが、肩や裾にあしらわれた雪のように白いファーが可愛らしさも感じさせた。
婚約が決まってから王室がドレスを用意するようになり、僕やアリアの瞳の色に合わせて、青系のドレスが用意されることが多かった。でも今回は僕が、彼女の明るい茶色の髪に似合うだろうと赤みのある色のドレスを選んでいた。
「やっぱりそんな色もいいな」
「えっ?」
僕は思っていたことを無意識に呟いていた。それをアリアが聞き返して初めて気がついて、少し照れ臭くなった。
「……よく似合ってるよ。選んでよかった、うん」
顔が熱く、おそらく赤くなっているであろうことを感じながら早口で思ったことを伝えると、僕はなぜか目を逸らした。
改めて気持ちを伝えるのはこんなにも恥ずかしくなるものだっただろうか。
「ふふふ、ありがとうございます。ライナス様に選んでいただいたドレス、着るのをとても楽しみにしていたんです。ね、エレン」
そう言ってアリアは、侍女のエレンの方を振り返った。
「はい、トルソーに着せた状態で部屋にご用意しましたら、しばらくその前から離れられなくなっていらっしゃいましたね。まるで初めてドレスを作ってもらった少女のようでした」
「エレン!そんなことまで言わなくても…」
今度はアリアが顔を赤らめていた。無邪気に喜んでいたところは隠しておきたかったのだろうか。恥ずかしがる様子も可愛らしかった。
「そんなに喜んでもらえたのなら、ドレス選びも悪くないな」
デザイン画と数多くの小さな生地の見本から完成したドレスを想像するのはなんとも難しく、今回限りと思っていたが、アリアがそのドレスを着たのを見ると、また選びたいとさえ思えた。
その後も二人が姉妹のように楽しそうに話すのを横で聞き、時々アリアが僕に同意を求めてくるのに相槌を打っていると、小さく扉がノックされ、近衛兵の制服を着たチェスターが入ってきた。晩餐会の会場内で護衛するために、彼も正装をしていた。
「殿下、準備が整いましたので会場の方へお越しください」
「ああ、わかった。アリア、行こうか」
僕が差し出した腕にアリアの手がそっと乗せられ、横を見ると少し頬を染めたアリアが僕を見上げていた。僕も笑みを返し、晩餐会の大広間へと向かった。