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青星の水晶〈下〉  作者: 千雪はな
第1章 見えない敵
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07 | 歓迎晩餐会(前編)

午後は予定通り王城へ向かい、ユトレフィス公国の公子が陛下への謁見から戻るのを指定された部屋で待っていた。


ソファに座って庭をぼんやりと眺めながら、宮殿に残してきたアリアのことを考えていた。


―――少しは落ち着いただろうか


何かにひどく怯えたアリアは、抱きしめても震えが止まらなかった。抱き上げて部屋に運んでいる時も「大丈夫ですから下ろしてください」と気丈に言うが、僕の背中に回した手は上着をぎゅっと握り、小さく震えるのが伝わってきた。


―――一体、何に怯えていたのだろうか…


あまりに怯えた様子に、その場で無理に聞く気になれなかった。


アリアが医官に処方された鎮静剤を飲んで眠っている間に、側付きの侍女のエレンにも聞いてみたが、最近何度か悪夢にうなされていたようだが、その内容をアリアが話したがらないためわからないと言う。


本当はアリアの側にいたかったが、公子との予定を直前で放り出すわけにもいかず、出掛けるギリギリの時間まで眠る彼女の隣に座り、手を握ってやることしかできなかった。


コン、コン、コン___


小さく扉をノックする音に視線を扉の方へ向けると、チェスターが部屋に入ってきた。


「ユトレフィス公国公子殿下は間もなくこちらに来られます」


「そうか」


僕は立ち上がり、公子の訪れに備えた。


「それから、こちらを殿下にと預かっております」


チェスターはクリーム色の封筒を差し出した。表には婚約してからアリアが使っているアイリスの花の印があり、裏を返すと封蝋がないところから、プライベートの簡易な伝言であることがわかった。


丁寧に折り畳まれた封筒と揃いの便箋を広げると、見慣れたアリアの整った字が並んでいた。


___


 ライナス様、


 ご心配をお掛けしてごめんなさい。

 少し休んだら落ち着きましたので、もう大丈夫です。


 ライナス様が選んでくださったドレスを見ていたら元気が出てきました。一緒に晩餐会に出席できること、楽しみにしています。


 アリアより


___


「休んでいたらいいのに…」


憔悴した様子に、アリアには晩餐会は僕一人で出席したらいいと伝えていたのだが。


「殿下と過ごされる方が安心なのではないでしょうか」


「そうか。気が紛れるかもしれないな」


その時、廊下から複数の足音がこちらへ向かってくるのが聞こえた。僕は手紙を封筒に戻し、上着の内ポケットにそっと入れた。


扉が開かれ、ユトレフィス公国の公子が従者と共に入ってきた。


「ようこそお越しくださいました。ライナスです」


「アイヴァンだ。歓迎感謝する」


一礼する僕にアイヴァン公子が歩み寄り、僕らは握手を交わした。


 ◇ ・ ◇ ・ ◇


晩餐会の時間まで、城内の案内や公子と我が国の貴族との面会の場への立ち合いが今日の僕の役割だった。


アイヴァン公子からは僕に話があると事前に書簡をもらっていたが、常に誰かが出入りする今日の状況ではその話はしないつもりのようだった。ふと人が途切れて公子とその従者達だけになった時も、当たり障りのない話ばかりだった。



一通りの予定を終え、あとは晩餐会の準備のために用意した控えの間に案内するだけだ。


「アイヴァン殿、そろそろ参りましょうか」


「ああ、そんな時間だな」


公子と言葉を交わすのは今日が初めてだが、初対面ではなかった。


十五年前、現国王の戴冠式で顔を合わせたのが初めてだ……と思う。なにしろ僕が五歳の頃の話だ。


しかし、公子のことはよく覚えている。成人したばかりの若い公子が歳の近い第四王子……、いや第五王子だったかな、とにかく僕の兄と挨拶を交わす時に、僕もその横にくっついていたのだ。僕がまだ小さかったこともあるが、とても背が高く、艶やかな黒髪を後ろで束ねた姿がとてもかっこよく見えた。僕も髪を伸ばしたいと言ったが、似合わないと却下されたことも思い出した。


その後、何度か公子が我が国に訪れた際に見かけることはあったが、いつも兄の誰かが相手を務め、僕は挨拶をする機会も特にはなかった。


今、隣を歩く公子は、スラリとして歩くたびに(なび)く黒髪が美しく、やはりかっこいいと思った。ただ目線が同じになっていることに少しだけ変な感じがした。



「こちらです」


「ああ、ありがとう。では明後日、貴殿の宮殿で」


「はい、お待ちしております」


公子が控えの間に入るのを見届けると、僕は廊下を足早に戻った。

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